次の日本銀行総裁に経済学者の植田和男氏が就任する見通しとなりました。岸田首相が日銀総裁に起用する人事を固めたという第一報が流れた際には、SNSで「植田和男ってだれ?」といったコメントをする人がいて、ちょっとびっくりしました。東京大学経済学部教授でや日銀の政策委員会審議委員を歴任し、日本のゼロ金利政策を理論面で支えた有名な先生なのにね。まあ、普通の人は「マネーサプライ論争(岩田・翁論争)」や「植田裁定」なんか知らないということでしょう。その植田先生はいくつもの専門書を書いていますが、ちょっと毛色の変わった一般書も書いています。それが『大学4年間の金融学が10時間でざっと学べる』。日銀総裁から金融論の基礎を教えてもらうことができる1冊です。
私は文学部出身なので、経済学や金融論に関する専門教育を受けていません。なので社会人になってからアンチョコ本をいろいろと読んで、経済学や金融論を自習してきました。アンチョコ本というのは玉石混淆なので、なかには“読んではいけないトンデモ本”もあるのですが、一方で正統な学識をもった専門家が真面目に書いた本というのは初学者には有用なものです。本書もそんな1冊でした。
なにしろ植田氏は日本を代表する正統派のマクロ経済学者なので、内容も奇を衒ったところがまったくありません。じつにオーソドックスな金融論の基礎が簡潔に解説されています。また、教科書的内容だけでなく、具体的な金融政策にもかなりのページが割かれているところに、植田氏が単なる講壇経済学者ではなく、実務家として豊富な経験を有していることが分かり、面白かった。フィンテックや仮想通貨についても言及しているぐらいです。
もちろん、文庫版で200ページ強のボリュームしかない本ですから、本書を読んでも金融論の基礎的なキーワードを理解できるようになる程度です。しかし、日本における経済学や金融論に関する知識の普及度合いを考えると、本書に記載されている内容を理解しているだけでも普通の社会人としてはかなりハイレベルな知識の持ち主になるというのも現実です。そういうことも含めて、やはり初学者にとっては有効なアンチョコ本であり、そんな本を書いた人が日銀総裁になるというのは、なんとなくですが好感を持ちます。
ちなみに本書は2017年に単行本が刊行され、2020年には文庫化されましたが、最近はほとんど品切れ状態で書店でも見かけることがほとんどありませんでした。ところが植田氏が日銀総裁に起用される見通しとなったことで、すぐに重版されたようで、書店で平積みされているぐらい。出版社の商魂たくましい。おなじく品切れ状態だった『ゼロ金利との闘い: 日銀の金融政策を総括する』も緊急重版されています。こちらは完全に専門書ですが、やはり非常に興味深い1冊です。