社会保険労務士でFPの井戸美枝さんが興味深い記事を書いていました。2017年から個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入資格が「公務員」「会社員で企業年金のある人」「第3号被保険者(専業主婦・主夫など)」にまで拡大されたことで、とくに公務員が積極的にiDeCoに加入しているとか。
公務員がiDeCoの説明会に殺到するワケ(プレジデントオンライン)
やはり公務員は鼻が利く。iDeCoの重要性を知っているのです。しかし、それは井戸さんが指摘するような節税(正確には課税繰り延べ)効果だけを狙ってではないと思う。それよりも、日本の年金制度が抱える構造からiDeCoの重要性を認識していると思えるのです。
井戸さんの記事では公務員がiDeCoの掛金全額が所得控除されることによる節税効果をよく理解していることが積極的な加入につながっているとされていますが、それよりももっと大きなポイントはがあるのでは。それは、いみじくも井戸さんが記事で指摘している以下の点です。
大きな理由として「職域加算の廃止」で年金が減ったことがあげられるでしょう。2015年10月に共済年金は厚生年金に一元化され、給付や保険料は厚生年金の金額に統一されました。また、共済年金独自の職域加算は廃止され、新たに「年金払い退職給付」が設けられました。職域加算と比べると、保険料の負担と、賦課方式から積み立て方式への切り替えで、負担は増えていると考えられます。これこそが公務員をiDeCo加入に走らせた最大の要因だと思う。公務員の年金は従来、自営業・会社員の国民年金・厚生年金に相当する共済年金と、サラリーマンの企業年金に相当する職域加算の3階建てでした。ところが職域加算が廃止されたことで事実上、2.5階部分までしかない状態になっています。このれによる老後資金の不足を補うためにiDeCoへの加入が増加していると見るべきでしょう。
そうした老後資金の目減り分を何とか穴埋めしたいといった気持ちがiDeCo加入率に表れているのかもしれません。
以前、経済コラムニストの大江英樹さんが日本の年金制度に関して、「国民年金」と「厚生年金・共済年金」の公的年金、そして「企業年金・個人年金」など私的年金の3つを合わせて1日3食の食事に例える考え方を紹介していました。つまり国民年金は国民全員に配られる給食ですから、これをもらえば餓死しないけど1日1食ですから無茶苦茶ひもじい。そして厚生年金・共済年金は2食目のお弁当。でも、まだ1日2食ですからちょっとひもじい。そして企業年金や個人年金など私的年金が自分で準備したお金で食べる3食目です。これでようやく1日3食を食べることができる。やはり年金は公的年金と私的年金を合わせて3階部分まであって、ようやく十分な老後資金となりえるということです。
公務員の場合、従来は老後もきちんと1日3食が用意されていたのですが、職域加算の廃止で3食目が無くなってしまった。つまり、少なくとも老後の保障に関しては、企業年金のない中小零細企業のサラリーマンと同じ境遇になっているのです。それでは困るということで私的年金をせっせと積み立て始めた。その時に活用されているのがiDeCoということではないでしょうか。そして、こうした公務員の行動は、ある厳しい現実を浮き彫りにします。それは、現在の日本の年金制度では、2階部分まででは老後資金として十分でないという現実です。そして、そういった公務員の判断はかなり正しいと思う。
やはり十分な老後資金を確保するためには、公的年金にプラスオンする私的年金が必要不可欠なのです。これは、充実した企業年金がある大企業のサラリーマンと違い、国民年金しかない自営業者や厚生年金の2階部分までしかない中小零細企業のサラリーマンにとっては極めて深刻な問題。私自身も年金は厚生年金までしかない中小零細企業サラリーマンですから、この問題を深刻に受け止めています。現役時代に収入に恵まれないだけでなく、老後にまで経済格差を引きずってはたまったものではない。老後にまで負け組に甘んじるのはまっぴら御免です。なので私もiDeCoに加入して毎月コツコツと積み立てを続けています。iDeCoに加入する公務員の気持ちもよく分かります。
そして、そもそもiDeCoというのは元々が自営業者や企業年金を持たないサラリーマンのために用意されていた制度だということを強調したい。企業年金も含めてタップリと年金がもらえるようなエリートサラリーマンよりも、自営業者や中小零細企業のサラリーマンこそ私的年金について考えないといけないし、そのための重要なツールがiDeCoだということです。そういう本質的な問題を、iDeCoに加入しようとする公務員はよく分かっている、そういう賢さは大いに見習うべきだというのが、今回紹介した井戸さんの記事を読んだときの第一印象でした。
【補足】
井戸さんの記事はiDeCoの節税効果について強調していますが、これはやや舌足らずな表現だと指摘しておきます。iDeCoによる節税効果というのは正確には課税繰り延べ効果ですから、税金は給付時に後から払う仕組みとなり基本的には中立です。ただし、給付時に退職所得控除や公的年金等控除が適用されるので、その控除枠内でのみ節税効果は具体化します。なので、実際にどれだけの節税になるのかは加入者それぞれがどれだけの退職所得控除を持ち、どれだけの退職金や公的年金をもらえるかで異なってきます。この点については以前にブログでも紹介しました。
個人型確定拠出年金は加入者全員に大きな節税メリットがあるわけではない―高額の退職金を受け取る人は受け取り時の課税コストに注意
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しかし、だからといって課税繰り延べ効果が無意味なのかといえば、そうではありません。税金を後で払う(課税繰り延べ)ことができるというのは、それだけ積み立て段階での家計のキャッシュフローが楽になるということです。これは強烈なメリットです。実際にキャッシュフローが重要になる企業経営者などは、いかに課税繰り延べするかに血道を上げているのです。