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2018年7月28日

丸井グループの「tsumiki証券」戦略を読み解く―ライフスタイル商品としての積み立て投資



クレジットカード「エポスカード」や百貨店「マルイ」を展開する丸井グループがこのほど証券事業への参入を発表しました。

tsumiki証券(予定)はじまります~2018年9月 口座開設スタート~(丸井グループ)

関係機関の手続きが完了すれば、2018年9月から「tsumiki証券(予定)」がスタートします。積み立て投資への特化、クレジットカード決済による投資信託購入など、さすが異業種からの参入らしく従来の金融機関とは事業コンセプトが根本的に異なります。さらに商品ラインアップも極めてユニーク。近年話題の超低コストインデックスファンドなどはなく、直販・独立系運用会社のファンド4本だけでのスタートです。こうした内容にインデックス投信ブロガーの中には戸惑い(場合によっては若干の失望)もあるようですが、私は「なるほど!そういうことか」と思いました。実に練り込まれた戦略がうかがえたからです。それは“ライフスタイル商品としての積み立て投資”という新しいカテゴリーを創出しようとする試みではないでしょうか。

プレスリリースによるとtsumiki証券は「つみたてNISA」対象商品の中から同社がふさわしいと判断したファンドの積み立て投資に特化したサービスを展開するとのこと(「つみたてNISA」口座のほか特定口座もあり)。購入決済は「エポスカード」の1回払いを利用するというのも特徴です。ここで何より驚かされたのが商品ラインアップです。以下の直販・独立系運用会社のファンド4本だけでスタートだったからです。



4本のうち、1本はバランス型インデックスファンドで、残りの3本はアクティブファンドです。近年話題の超低コストインデックスファンドなどは一切ありません。このためインデックス投資ブロガーなどの間では、やや失望と戸惑いの声が上がっています。しかし、私はこの商品ラインアップを見た瞬間に丸井グループがtsumiki証券でやろうとしていることの意味が分かりました。

結論を言ってしまうと、tsumiki証券は最初から低コストにこだわるインデックス投資家を事業のターゲットにしていない。なぜなら、低コストにこだわるインデックス投資家は、わざわざtsumiki証券で新規に積み立て投資するとは考えにくいからです。そういう投資家は、既に大きなシェアを持っている大手専業ネット証券に任せておけばいいわけで、tsumiki証券としても先発の専業ネット証券と競争する気はさらさらないのでしょう。

ではtsumiki証券は何を狙っているのか。それは日本の従来型の投資家や、あるいはインデックス投資家とも全く別の価値観を持つ投資家層を創出することです。だからプレスリリースの冒頭で「当社グループは収入や世代を問わず「すべての人」が、豊かなライフスタイルを実現できる金融サービスを提供すること(ファイナンシャル・インクルージョン)が事業のミッションであると考えています」と高らかに宣言している。そこにあるのは、“ライフスタイル商品としての積み立て投資”という戦略です。そう考えると、やはりプレスリリースにある「tsumiki証券がめざすもの」に記された以下の文章の意味がよく分かります。
tsumikiは、つみたてを通じて「すべてのお客さまのしあわせ」のお手伝いをする会社です。
お金には、夢や希望・安心・大切な人など一人ひとりの「想い」がつまっている一方、誰もが「心配」や「不安」を感じています。
お客さまに安心してお金を育てていただきたい。
私たちは、「こつこつ・ゆっくり・自分のペース」のつみたてがいちばんと考え、つみたて専門の会社をつくることにしました。
ここには金融商品販売にありがちな“投資家を儲けさせます!”というニュアンスが実に希薄。それよりも「しあわせ」「夢」「希望」「安心」「想い」といった言葉が並んでいます。いわば投資によってリターンを上げるための合理性よりも、もっと感性的な価値が前に出ている。

まさにtsumiki証券がやろうとしているのは、合理性だけではなく一種の感性的価値を求める層を投資家として取り込むことです。そして、そのメインターゲットとなるのがエポスカード会員657万人(2018年3月末時点)であり、その約半数を占める20代・30代、そして会員の約7割を占める女性層なのでしょう。「お洒落に」「イケてる私」を演出するための積み立て投資。それがライフスタイル商品としての積み立て投資です。そう考えると、商品ラインアップが直販・独立系運用会社ばかりになったのも頷けます。いずれの運用会社も投資を単なる儲けるための手段ではなく、一種のライフスタイルとして普及させようとしてきたキャラクターによって率いられているわけですから。

tsumiki証券はマーケティングで言うところの「ターゲッティング」「ポジショニング」ともに見事です。ある意味で丸井グループの主力であるアパレル事業的ですらあります。金融商品の販売をアパレル産業に例えると、インデックスファンドの販売というのは「良いものを安く、大量に販売する」が基本となる「ユニクロ」や「しまむら」のようなビジネスですが、tsumiki証券がやろうとしているのは「お洒落なものを手頃な価格で」「モノだけでなく体験などコトも提供する」というライフスタイルブランドやセレクトショップの手法ではないでしょうか。そして、こうした練り込まれたマーケティング手法は、やはりマーケティング的に投資業界に参入してきたマーケッターが仕掛けるグループと結びつくのは必然でしょう。すでにその兆しも感じられます。

丸井グループの証券会社、tsumiki証券(予定)の取材レポ♪(きんゆう女子。)

こうした“ライフスタイルとしての積み立て投資”という戦略を私は否定しません。投資の世界は懐が広いですから、様々な価値観があってもいいと思うからです。本来ならこうした戦略は若年層や女性層の新規顧客開拓でネット証券に対抗できない大手証券・銀行がやるべきだったのでしょうが、そうならなず、丸井グループのような異業種が軽々とやってのけようとしているところに日本の既存金融機関の動脈硬化を見て取れるわけです。だから、tsumik証券の登場は恐らく既存の投資業界が考える以上に大きなインパクトをもたらす可能性があります。その意味でtsumiki証券の今後の動向は日本の投資業界にとって要注目です。

ただし、危惧もあります。このようなマーケティング主導の戦略で合理性よりも感性的価値に重きを置く商品販売が、はたして金融商品の販売においてどこまで許容されるのかという問題です。マーケティングによる感性的価値の提案は、一歩間違えるとボッタクリ行為を取り繕い、隠蔽する手段に堕落するケースが往々にしてある。これはアパレル業界では頻発しています。アパレル製品程度ならボッタクリ行為があっても消費者が失う金額が小さいですから、それこそブランドや店舗の信用が失われるぐらいですむ。しかし、金融商品はそうはいきません。一歩間違える社会問題になる。だからtsumiki証券は今後、商品の選び方や販売手法で細心の注意を払わなければならない。その点でも同社の動向は要注意なのです。

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