アベノミクス相場で退職準備に格差 ―サラリーマン1万人アンケート、2015年と2010年の比較(「フィデリティ退職・投資教育研究所レポート」2015年7月)
アンケートによると、あいかわらず将来不安は大きいものの、景気回復への期待感から公的年金の運用成績向上への期待も高まっているようです。また、預金金利引き上げへの要望がクローズアップされているというのも面白い。やはり現在の歴史的低金利は、預金中心の資産運用では大きな障害になっていることをうかがわせます。
ただ、気になる点もあります。レポート冒頭のまとめには、次のように記載されています。
過去5年で平均保有資産は861.3万円から1049.3万円に大幅増加。これに合わせて退職準備額も515.6万円から748.5万円に約5割増加した。ただ、退職準備0円層の比率はアンケート対象者の4割で変わらず、退職準備1000万円以上の層が13.3%から20.1%に増加しており、退職準備額の格差が広がっている姿が浮き彫りになった。特に40代、50代での格差拡大が懸念される。
背景には、投資をしているか否かが影響しているようだ。年収に対する退職準備額の倍率を、「投資をしている人」と「投資をしていない人」で比較すると、2010年は1.39倍と0.74倍で格差は0.65だったが、2015年は2.19倍と1.17倍で格差は1.02に広がっている。
懸念はこの格差がさらに拡大する可能性があること。過去5年で退職後の生活のために「資産運用や計画的な貯蓄」をしている人は増えているが、「何もしない」人も増加傾向にある。また投資に対するイメージも2極化する傾向にある。期待は「時間分散」への理解が高まりつつあることだが、その一方で高値警戒感から40代、50代の資産運用が拡大せず、退職準備の停滞が懸念される。私は、投資などは絶対にしなければならないものだとは思いませんし、投資なんかせずに老後を安心して暮らせる社会になれば、それに越したことはないとも思っているのですが、現実問題として世の中がそうなっていないのもまた事実です。アンケートによると「投資しない理由」のトップは「資金が減るのがいやだから」ということですが、そうやって何もせずに老後を迎えたときに、そもそも減る資金すら無くなっていたというのでは切なすぎます。
格差問題というのは非常に深刻な問題なのですが、若年層の格差よりも老後格差の方が深刻度は大きいと思う。なぜなら若年層はまだ人的資本も豊富ですし、時間という最大の武器もある。だから自助努力によってある程度は挽回できるのです。しかし、老人の格差というのは、公的な支援を行うほかは、ほとんど解決策がありません。老人には人的資源も乏しく、そもそも挽回する時間という最大の武器がないから。そして、すべての人間は平等に年を取るという絶対的な現実は、あまりに大きいのです。
そういう意味でも今回のアンケートの分析結果は気になりました。投資というのは、基本的に他人に勧めるようなものではないのですが、こういった客観的データが存在していることは多くの人が知っておいた方がいい。その上で各人が投資するのか、投資しないのかを決めるべきでしょう。
※ちなみにフィデリティ退職・投資教育研究所の所長としてアンケートの分析を行っているのは野尻哲史さんです。野尻さんの近著、貯蓄ゼロから始める安心投資で安定生活 (オレンジ世代新書)も豊富なアンケート結果を基に実践的な投資方法が紹介されおり、参考になります。