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2017年1月17日

金融庁長官が「投信ブロガーが選ぶ! Fund of the Year」にメッセージを寄せた意味


写真提供:投信ブロガーが選ぶ!Fund of the Year運営委員会

このほど「投信ブロガーが選ぶ!Fund of the Year2016」の表彰式に初めて参加したのですが、イベントの冒頭で森信親金融庁長官から寄せられたメッセージが発表されたことに衝撃を受けました。

金融庁長官からのメッセージ(「投信ブロガーが選ぶ! Fund of the Year2016」公式サイト)

日本ではこれまでも多くのメディアや団体・企業が個別の金融商品を表彰するイベントを実施していますが、そういった個別の金融商品を紹介するイベントに監督官庁トップである金融庁長官がメッセージを寄せるなどは異例中の異例だからです。しかも今回、森長官がメッセージを寄せたのは市井の個人投資家たちが手弁当で運営するイベントです。表彰式後の懇親会でカン・チュンドさんともちょっと話したのですが、金融庁長官が個人投資家の活動にメッセージを送ったことは日本の投資・運用業界や金融機関にとって極めて大きな意味を持つはずです。

今回の森金融庁長官からメッセージが寄せられたことの衝撃は日経新聞の田村正之編集委員も記事で特筆しています。

「個人が選ぶベスト投信」発表、森金融庁長官も激励(「日本経済新聞」電子版)

田村さんが指摘するように、まさに「実は今回の発表のように個別の投信や運用会社が評価される場で、金融庁長官がコメントを出すのは極めて異例」なことなのです。それだけに金融機関や投資・運用業界に与えたインパクトは絶大だったのでは。なぜなら、メッセージの内容が極めて厳しいものだったからです。森金融庁長官はメッセージで日本人の間で投資による資産形成が広がらなかった理由を次のように指摘しています。
なぜ日本人の間で投資による資産形成が普及していないのかを考えてみると、その理由のひとつに、「投資の成功体験」が広く共有されてこなかったこと、が挙げられると思います。
その背景には、金融商品を提供する金融機関が、手数料収入の獲得を重視するあまり、そのときどきの流行に乗ったテーマ型で売りやすい投資信託や過度に仕組みが複雑な商品の組成・販売に注力し、かつ、そうした商品の短期・回転売買を勧めてきたことなどがあるのではないでしょうか。
これなどは、まさに多くの投信ブロガーや一部の良心的専門家が長らく指摘し続けていた日本の投資・運用業界の悪弊です。今回、森金融庁長官は明確にこの悪弊を批判し、さらに問題点を指摘し続けてきた個人投資家と認識を共有していることを全面的に表明した。さらにメッセージの後半で金融庁として強烈な意志を示しています。
金融庁では、家計の安定的な資産形成に資するため、投資リテラシーの向上や「積立NISA」の創設・普及を通じて少額からの長期・積立・分散投資を後押しするとともに、金融機関に対しては、顧客本位の業務運営、いわゆるフィデューシャリ―・デューティーの確立・定着を図るべく、取組みを進めていきます。
また、金融機関の行動や組成・販売する商品を顧客にとってより見えやすく、わかりやすくすることで、投資商品の質や金融機関の取組みが顧客から正当に評価され、より良い商品や取組みが自ずと顧客に選択されていくメカニズムを構築していきたいと考えています。

ここには金融庁として金融機関や業界ではなく、個人投資家の側に立つという意志が明確に宣言されています。だからメッセージの最後には「今後とも、金融行政に対し、個人投資家の皆様からの忌憚なきご意見を頂戴できますよう、この場を借りてお願い申し上げ、私からの挨拶とさせていただきます」とまで書いている。これは個人投資家に対する激励であると同時に金融機関に対する強烈な警告だと理解できます。それは“金融庁として今後、個人投資家をハメ込むような悪質な金融商品の販売は許さん”という意味だからです。

イベント後の懇親会でカン・チュンドさんとこの件で意見交換しましたが、「これは今後の日本の投資・運用業界の在り方にとってエポックメーキングとなるかも」ということで意見が一致しました。投資・運用業界や金融業界というのは基本的に規制産業ですから監督官庁の意向が絶大な影響力を持ちます。その監督官庁である金融庁が明確に個人投資家の利益の側に立ち、しかも個人投資家からの“忌憚なき意見”を聞くと表明した以上、金融機関は真摯な気持ちで行いを改めない限り、とんでもないことになる可能性があるのです。恐らく有能な金融機関トップなら、このニュースを聞いて冷や汗が出たことでしょう。私が金融機関のトップなら朝から緊急会議を開いて「金融庁がガチでお怒りだ。エライことを言い出した。これからは個人投資家に対して無茶な商品は絶対に売るな」と指示します。

「投資による資産形成」の促進は国家意志に基づくものだ


しかし、なぜ金融庁はこれほどまでに個人投資家を支援し、投資・運用業界の改善を進めようとするのでしょうか。少し冷めた見方をすると、それは単に森信親金融庁長官個人の資質や考え方に帰するものではないと思います。もっと大きな、日本政府としての“国家意志”に基づく動きだと理解することができるのではないでしょうか。

そもそも、なぜ政府はこれほどまでに「投資による資産形成」を促進しようとしているのか。恐らくそこには「全ての国民が自助努力で資産形成をして老後に備えなければ、社会秩序が維持できない」という判断があるように思えます。日本は少子高齢化ですから、従来のような人口ピラミッドの構造に依存した公的年金制度だけでは老後の生活を保障できなくなります。しかし、困窮した老人が世の中に溢れるようでは社会秩序は破壊されます。それを防ぐためには国民に広く高率の税金を課して再配分を強化するというのが一つの対策ですが、それは政治的に極めてハードルが高い。だとするならば自助努力による資産形成で老後に備えてもらうしかない。そのために国家としてそれを支援する制度を作るということです。NISAの創設や個人型確定拠出年金(iDeCo)の拡大といった政策は、全てこうした“国家意志”に基づくものだと理解できます。

もうひとつは日本国の国力を増強するという観点です。通常、国力は生産力を向上させることで高まります。しかし日本は人口減少社会に突入していますから、国家全体としての生産力を拡大することは簡単ではありません。しかし、国家のフローは生産だけではありません。ストックから生み出される収入もある。そして日本には1700兆円を超える家計金融資産があります。これは日本国にとって最後に残された極めて重要なストックの一つでしょう。しかも、その過半が預貯金のため、そこから生み出される収入が極めて小さい。このままでは国家として困るのです。もっと効率的にストックからリターンを得なければ国家全体としてのフローが拡大しない。だから国家は国民の投資を促進しようとしている。それが国力の増強につながるからです。

森金融庁長官のメッセージの冒頭には次のように記されていました。
皆様もご存知のとおり、日本の家計金融資産は、現在では1,700兆円を超えるに至りました。
我が国において高齢化や人口の減少が進む中、長年にわたり蓄積された資産を安定的に増やしていくことは、より重要な課題となっています。
しかし、現状では、かつてない低金利の中にありながら、家計金融資産の過半が預金に置かれており、そこから得られるリターンは極めて低い状況です。
なぜ「我が国において高齢化や人口の減少が進む中、長年にわたり蓄積された資産を安定的に増やしていくことは、より重要な課題」となるのか。そうしないと社会秩序が維持できないし、なにより日本国の国力を維持・向上させることができないからです。これこそ政府や金融庁が国民の「投資による資産形成」を促進しようとする“国家意志”の表れです。

こうした観点に立てば、これまで日本の金融機関がやってきたことに対して国家がどういった見方をしているかも想像がつきます。金融機関はこれまで個人投資家に対してハメ込みや詐欺的商品の販売など無茶苦茶なことを続けてきました。その結果、「投資は怖い」「投資には手を出してはいけない」と考える日本人が増えてしまった。それでは国家として困るのです。だから、今や金融機関の個人投資家に対する悪行は、国家にとって“国家意志”の実行を阻害する要因と認識されているはずです。

もはや金融機関が個人投資家に対して不誠実な行為や態度をとることは、“国家意志”に対する反逆行為なのです。国家権力というのは恐ろしいもので、国家意志に対して明確に反抗するものに対しては徹底的に潰しにきます。近年の金融庁の金融機関に対する厳しい監督・指導は、まさに国家意志に逆らう行為を徹底的に潰すという国家の本質に根差した動きだとさえ理解できるでしょう。

今回、森金融庁長官のメッセージを読んで、金融機関はいよいよ追い詰められたと感じました。「政府は国民の資産形成を支援することで日本国の社会秩序維持と国力の維持・向上を図る」という国家意志が明確に示されたように感じたからです。今後、個人投資家に対して不誠実な対応をとる金融機関に対して、国家はその存在を許容しないということです。善悪は別にして、そういう時代の変化が明瞭になったという意味で、森金融庁長官が「投信ブロガーが選ぶ! Fund of the Year」にメッセージを寄せたことは、日本の投資・運用業界の在り方が変わる潮目、エポックメーキングな出来事だったように思えるのです。

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