2019年10月6日

iDeCoの本義―途中脱退できないのはデメリットではなくメリットだ



老後資金を準備する制度として非常に有効とされるのが個人型確定拠出年金(iDeCo)。すでに加入者は130万人をこえるなどジワジワと普及しています。一方、iDeCoには様々なデメリットがあるという指摘も少なくありません。その一つが、いったん加入すると原則60歳まで脱退・換金ができず、拠出した資金が拘束されるという流動性の低さです。ただ、それをデメリットととらえるかどうかはiDeCoという制度をどのように理解しているかによって変わってくるでしょう。iDeCoの本義を理解すれば、途中脱退できないのはデメリットではなくメリットだからです。

iDeCoはいったん加入すると60歳まで原則として途中脱退できず、拠出した資金を換金・引き出すことができません。このためライフイベントの中で急に現金が必要になった場合もiDeCo口座の資金を活用することができなくなります。また、拠出金全額が所得控除されることによる課税繰り延べ効果も失業や休職などによって収入が無くなると、その恩恵を受けることができません。掛金も最低毎月5000円を拠出しなければならず、掛金の拠出を止める運用指図者になったとしても毎月の手数料が徴収されます。こうしたことを考えると、やはり流動性の面で非常にハードルが高い側面は確かにあります。

しかし、見方を変えるとiDeCoの流動性の低さはデメリットではなくメリットです。なぜなら、iDeCoはそもそも老後資金を準備するための公的年金を補完する私的な「年金」制度として設計されているからです。年金制度である以上、一定の年齢まで資金が拘束されるのは当然です。もっと言うと、資金が60歳まで拘束されるということは、どのようなライフイベントがあろうが、老後資金を“絶対”に用意できるということです。

例えば自営業者が事業に失敗したり、サラリーマンでも借金が返せなくなって自己破産する場合、預貯金・株式・投資信託などの金融資産、不動産などはすべて弁済に充てなければなりません。しかしiDeCoの資金は弁済の対象となりません。それは国民年金や厚生年金にすでに拠出した資金や受給資格が弁済対象とならないのと同じ理屈です。これはiDeCoが持つ特殊性でしょう。避けたいことですが、しかし原理としては自己破産して一文無しになってもiDeCo加入者は、老後資金だけは“絶対”に守ることができるのです。

さらに収入が無く生活保護を受ける場合でもiDeCoの資産は特別扱いされます。通常、一定以上の金融資産を持っていると生活保護を受給することはできません。受給後も貯金などが制限されます。しかし、iDeCoは年金扱いのため生活保護受給が不可となる要件に該当せず、iDeCo資産を保有したまま生活保護を受けることができます。もちろん生活保護を受給する場合は国民年金の法定免除を受ける場合がほとんどですからiDeCoの加入資格は喪失し、新規の拠出はできなくなるでしょう。しかし、すでに拠出したiDeCo資産は運用指図者として保有・運用を続けることができます。つまり、生活保護を受給してもiDeCo加入者は、老後資金を持ち続けることが“絶対”にできるのです。

これらiDeCoの特殊性は、すべて公的年金の補完制度であることから生じています。つまり、iDeCoは徹頭徹尾「年金」なのです。だからこそ60歳まで原則として換金・引き出しができない。これは、いったん拠出した国民年金や厚生年金の掛金を引き出すことができず、そのかわりに受給資格が負債の弁済対象や生活保護の受給要件から分離されているのと同じ仕組みです。

たしかに長い人生において様々なライフイベントが起こりえます。勤め先が倒産して失業したり、病気になって休職するなどして一時的に収入を失うこともあり得るでしょう。そういったときにiDeCoに拠出した資金を引き出せないのは、たしかにデメリットのように感じます。しかし、そのような状態になってもiDeCo加入者は老後資金は“絶対”に残る。この優位性は、自己破産や生活保護などさらに厳しい状態に陥ったときに圧倒的な威力を発揮します。

そして、自己破産や生活保護状態から立ち直った時に、老後資金がiDeCoという形で無傷で残っている。老後準備という面でマイナスからのスタートになりません。もし途中脱退による換金・引き出しが容易に認められるようになれば負債の弁済対象や生活保護の受給要件から隔離することが難しくなり、自己破産者や生活保護受給者の老後資金準備はマイナスからの再スタートとなります。それは自己破産者や生活保護受給者の再建と自立を阻害し、老後にまで困窮状態を固定化する危険性があります。

そう考えると自己破産時や生活保護受給時のiDeCo資産の扱いというのは、救貧制度である生活保護と防貧制度である年金の接続という意味で極めて整合性があります。そして、こうしたiDeCoの本義を理解すれば、やはり途中脱退できないことはデメリットではなくメリットです。途中脱退できないということは、どんなライフイベントがあっても老後資金は“絶対”に用意できるということであり、それは老後の防貧機能として極めて重要なのです。

そして最後の強調しておきたいのは、iDeCoは多額の退職金や企業年金をもらえるような“お金持ち”のための制度ではないということです。iDeCoは、退職金がなかったり少額だったりする自営業者と中小零細企業のサラリーマンンために税制優遇制度です。多額の退職金や企業年金をもらうような人は、そもそも税制優遇に値しません。iDeCoのような税制優遇措置は格差是正のための制度でもあるからです。これもまたiDeCoの本義です。そしてやはり、どんなライフイベントがあっても老後資金を“絶対”に作ることができるというiDeCoの仕組みは、ライフイベントによって老後の経済格差が社会秩序を破壊するほどに広がることを防ごうとしているのです。これもまたiDeCoの本義なのです。

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