2019年11月7日

グローバル年金指数ランキングに一喜一憂するのは浅い考えである



米国のコンサルティング会社マーサーと豪州のモナッシュ大学ビジネススクール・オーストラリア金融研究センターは毎年、「マーサー・メルボルン・グローバル年金指数」を発表しています。各国の年金制度を「充分性」「持続性」「健全性」の観点から指数化して評価するものです。このほど2019年度のランキングが発表されました。

マーサー 「グローバル年金指数ランキング」(2019年度)を発表 - 家計債務と老後資産の高い相関関係を明確化(マーサー)

日本は毎年、ランキング下位となっており、発表のたびに世間では“日本の年金制度オワコン論”の根拠の一つにされています。しかし、年金問題の専門家の間では、そんな雑な理解はほとんどされていません。逆にランキングの限界を指摘する声があるくらいなのです。

グローバル年金指数ランキングで日本は毎年下位に低迷しており、2017年度は30カ国中29位、18年度は34カ国中29位、そして19年度は37カ国中31位でした。このためメディアでも日本の年金制度の問題を指摘していると大々的に報道されており、それを受けてSNSなどでも「日本の年金制度は欠陥だらけ」「東南アジアや南米にも劣る」といった論調が大きくなっています。

日本の年金、37カ国中31位 米社評価、持続性に疑問符(「日本経済新聞」電子版)

しかし、こうした見方は年金制度に対する理解が十分でないことによる浅い考えです。実際に年金の専門家からはランキングの限界を指摘する声が少なくありません。例えば、りそな銀行りそな年金研究所の谷内陽一統括主席研究員が17年の段階で非常に納得できる解説を書いています。

鵜呑みは禁物!「グローバル年金ランキング」のカラクリ①(年金時代)
鵜呑みは禁物!「グローバル年金ランキング」のカラクリ②(同)

これを読めば「グローバル年金指数ランキング」の限界も明確にわかるでしょう。そもそも調査データや項目の妥当性が十分ではないのです。例えば日本は「充分性」と「持続性」の評価が低いことがランキング下位となる大きな要因です。「充分性」の評価が低い原因の一つが「私的年金の年金受取の促進」が低評価となっていることなのですが、ここでは退職金など退職一時給付は老後所得保障に資しないとの理由から全く評価されていません。日本は企業年金制度よりも退職金制度が先行して整備されたという歴史的経緯が考慮されていないわけです。

「持続性」の評価に関しても「少子高齢化の進展状況」と「政府債務の対GDP比率」が低得点となっていることが低評価の最大要因ですが、これでは谷内氏が指摘するように「日本のように少子高齢化が急速に進展していてかつ政府債務も莫大な国では、どんなに完璧な年金制度を構築してもこのランキングで高順位につけるのはどだい無理な話」となります。ここで高得点を上げるためには「『給付額の引き上げ』や『支給開始年齢の引き上げ』などの改正を実施せよという話になりますが、給付の引き上げには負担(掛金)の引き上げがつきものですし、支給開始年齢にしてもたとえば90歳に引き上げてランキングの順位を上げたところで、それが年金制度として本当に意味のある改正だとは到底思えません」というのはもっともな指摘です。

そして、こうした評価基準の最大の問題は、やはり谷内氏が指摘するように「年金を必要としない若い国ほど順位が高くなる」という矛盾です。こうしたことがわかれば、ランキングで日本が韓国や東南アジア諸国と比べて下位に甘んじているからと言って、過度に悲観するのは浅い考えだということもわかるでしょう。やはり谷内氏は18年にもこの問題について書いています。

日本の指数改善にみる、グローバル年金ランキングの「限界」(年金時代)

結局、「グローバル年金指数ランキング」というのは精密な学術調査ではなく、国際統計を大まかに利用した分析コラムなのです。だから、あくまで参考資料の一つとして、海外との比較の中で日本の年金制度の課題を冷静に見極めるために“参照”するのが正しい使い方でしょう。谷内氏も「グローバル年金ランキングごときで「日本の年金制度は終わっている!!」と本気で目くじらを立てる学者・専門家は、無粋の極みと言わざるを得ない」と指摘しているわけです。

ただ、その上であえて指摘しておきたいことがあります。「グローバル年金指数ランキング」を見た一般市民が心配になるのは自然な反応です。そういった人に対しては政府や専門家が丁寧な説明を続けることが必要です。一方で、いやしくも経済や年金に関して“専門家”と称する人がランキングを根拠に「日本の年金制度は終わっている!」と煽り立てているなら、それはその人がよほど頭が悪いか、あるいは別の政治的・経済的目的があるとか考えて間違いなさそうだということです。

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