2019年7月16日

「年金保険料を払うくらいなら貯金したほうがマシ」と考える程度のリテラシーしかない人のために公的年金はある



公的年金が話題になると、すぐに「年金なんてどうせもらえない」「年金の保険料を払うくらいなら貯金したほうがマシ」といったことを主張する人がいます。本人たちは意識高い系のつもりのなのでしょうが、公的年金制度についてちょっとは勉強している人から見れば“傍ら痛し”としか言いようがありません。そして、実際に年金保険料を払っていなかった人がどういった末路を迎えているのかを紹介する記事が出ていました。

「年金なんてどうせもらえない」と未納を続けた49歳男性に残された道(ダイヤモンド・オンライン)

じつに皮肉なことですが、「年金保険料を払うくらいなら貯金したほうがマシ」と考える程度のリテラシーしかない人のためにこそ公的年金という制度があるのです。

記事に登場する自営業の49歳の男性、じつに可哀そうです。若い頃に「年金なんてもらえるかどうかわからないから、払わなくていい」などと無責任なことを言う馬鹿な先輩の言葉を真に受けたばっかりに、いまでは老後の不安に悩まされています。しかも「貯蓄があれば何とかなる」と考えて年金保険料を支払わなかったのに、実際の貯めることができた金額が1200万円というショボさ。これでは死ぬまで働き続けるしかないでしょう。

公的年金を損得で論じてはいけないのですが、それでも日本の公的年金は民間の終身年金保険などと比べてはるかにメリットの大きい制度です。なぜなら国民年金の原資には保険料に加えて税金が投入されているからです。厚生年金にいたっては保険料は労使折半負担ですから、それこそ国が国家権力を行使して企業から労働者のための保険料を奪取してくれています。これは凄いことなのです。もし厚生年金のような強制的制度がなければ、企業が現在の厚生年金保険料の企業負担分に相当する金銭を労働者に素直に渡すはずがありません。

ではなぜ国はそこまでして公的年金制度を維持するのでしょうか。それは皮肉なことに「年金の保険料を払うくらいなら貯金したほうがマシ」と考えてしまうような金融リテラシーの低い人のためなのです。公的年金のメリットを理解できない程度のリテラシーしか持たない人が老後のために自助努力したところで失敗するのは目に見えている。だから国は国家権力まで行使して税金の投入や企業からの資金奪取を行い、そういった人々を保護しているのです。

そして、べつに国は金融リテラシーが低い人が可哀そうだから保護しているわけでもありません。社会秩序の維持のためにやっているのです。例えば大量の貧困老人が社会に溢れたらどうなるか。国家は国民を切り捨ていることができませんから、それこそ生活保護などで貧困老人の生存権を守る必要があります。そのコストは社会全体にのしかかります。つまり、大量の無年金者が出ると、そのほかの人に迷惑がかかるわけです。

それは、なぜ公的年金が強制加入なのかにもつながります。非加入者がリスク(年金の場合は老後の貧困リスク)に直面すると、結果的に社会全体に負担を押し付けることになるからです。例えば損害保険に加入してないが人が交通事故を起こした場合、被害者に回復不可能な被害を与えることになる。だから自動車やバイクの保有者には自賠責保険の加入が義務付けられている。公的年金も保険であり、強制加入なのは同じ理屈です。国家というのは、それほど優しいものではないと同時に、人々が思っているほど馬鹿ではないのです。

そういうことを考えると、公的年金に頼り切ることも、全く無視することも、同じくらい愚かな行為でしょう。必要なのは国家の冷徹さを直視しながらも、それが用意している制度を“活用”するという成熟した市民としての姿勢です。だから最初に紹介した記事に登場する49歳男性の場合、いまからでも遅くないから年金保険料を払うべき。現在は「10年以上の加入」で年金の受給資格を得ることができますから、まだ間に合います。確かに受給できる金額は少ない。しかし、たとえ少額でも「年金という形で安定した収入を得ることは、老後の生活を考えるうえで大切なこと」なのです。

最後に、ミュージシャンの佐藤龍一さんが味わい深いツイートをしていたので紹介しておきます。そこには無責任な「公的年金無用論」よりも何倍も説得力のある真実が語られています。

【ご参考】
日本の公的年金制度について勉強するなら、権丈善一先生の『ちょっと気になる社会保障 増補版』が最良の入門書です。また、現在の公的年金制度を徹底的に活用する戦略書として田村正之さんの『人生100年時代の年金戦略』が非常に網羅的にまとめられていてお勧めです。



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