2018年10月12日

無責任な“公的年金破綻論”が撒き散らす害毒



少し前ですが日経新聞に公的年金に関する気になる記事が出ていました。

「減額」だけではない 年金繰り上げの落とし穴(NIKKEI STYLE)

公的年金は65歳からの受給が原則ですが、受給開始を最大60歳へ繰り上げることも最大70歳へ繰り下げることもできます。現状では繰り下げより繰り上げを選ぶ人の方が多いそうです。ところが年金繰り上げにはデメリットが多いという指摘です。この記事を読んで、ちょっと考えてしまいました。なぜデメリットが多い年金繰り上げを選ぶ人が多いのか。その原因のひとつが、無責任な“年金破綻論”にあるのではないかと感じたからです。

年金受給を繰り上げると被保険者本人への支給額が減額されるのですが、記事にもあるようにそれ以外のデメリットもたくさんあります。被保険者死亡後に遺族に支給される遺族年金や寡婦年金が減額されたりもらえなかったりするほか、場合によっては障害基礎年金や加給年金ももらえなくなる。こうしたデメリットは本人への支給減額よりも大きなデメリットでしょう。なぜなら、公的年金が本来持っている「保険」としての機能を著しく弱めてしまうからです。

だから、社会保険労務士の井戸美枝さんは「繰り上げ・繰り下げともに制度を良く知って判断すべきだ。特に繰り上げはデメリットが多く通常は勧めない」と指摘しています。ところが実際は繰り上げ受給する人が多い。特に2010年度は3割弱もの人が繰り上げを選択しています。この背景について記事は次のように分析しています。
年金記録問題や破綻説の広がりなどで、早くもらおうとした人が多かった。16年度は9%に下がったが繰り下げ(3%)の3倍だ。社会保険労務士の相川裕里子氏は「デメリットを十分に知らないまま選んでいる人も多い」と話す。
納得も得心もして繰り上げを選択するならいいのですが、デメリットを十分に理解しないままに受給繰り上げをしてしまった人がいるなら大問題です。今になって後悔している人もいるのではないでしょうか。そう考えると、当時に世間を騒がせ、今も一部で続いている無責任な“公的年金破綻論”の害毒は無視できないし、そういった害毒を撒き散らした一部の政治家やマスコミ、“専門家”の責任も大きいといえるでしょう。

もちろん、現在の公的年金に問題がないというのではありません。実際に問題山積です。しかし、年金問題というのは常に実現可能な選択肢の中から、よりベターな制度を構築していくという高度に政治的な作業です。だからこそ冷静な国民的議論が必要なのです。ところが、無責任な年金破綻論があまりに大手を振ってまかり通ると、冷静な議論の基盤が破壊される。実際に現在の日本では、公的年金についての最低限の前提知識すら共有されずに、ほとんどまともな議論が成り立たなくなっている。だから、例えば権丈善一氏の『ちょっと気になる社会保障 増補版』などを読むと、真摯にこの問題に取り組んでいる専門家の嘆きが行間から伝わっています。



さらに厳しいことを言うと、そもそも無責任な“公的年金破綻論”を唱える人の中には、別の目的を持っている人すらいる可能性がある。この点に関して保険の専門家である出口治明さんは『働く君に伝えたい「お金」の教養: 人生を変える5つの特別講義』の中で「『20代は割を食う世代論』や『世代間の不公平論』を鼻息荒く語る大人は自分の儲け第一で、だいたいが勉強不足か、世の中をマクロで見る能力がちょっと足りないのだな、と判断することからはじめればいいでしょう」とまで言う。

これはどいうことかというと、公的年金に対する不安を煽ることで、それを商売にしている人がいるということです。大江英樹さんが以前に次のようなことを書いていました。
公的年金が健全だと具合の悪い人たちがいます。年金不安を煽らないと自分達の金融商品を買ってもらえなくなる金融機関であり、その金融機関から大量の広告をもらっているマスコミです。(国の年金運用で5兆円損失、「失敗だ!」批判は間違いである…年金危機説のウソ
年金問題については現在でも様々な意見が飛びかっていますが、はたして日本の公的年金制度の仕組みをよく理解した上での発言なのかどうか怪しいものが多々あります。そういった意見がセンセーショナルに伝えられることで、かえって年金問題に対する誤った理解を広めてしまう。だから、とにかく極端な意見に対しては慎重に見る癖をつけたほうがいい。それを鵜呑みにしていては、誤った判断をすることになる。今回の年金受給繰り上げ問題はその典型です。そして、無責任な“公的年金破綻論”を撒き散らした人には大いに責任を感じてほしいと思わずにはいられません。

【関連記事】
「iDeCoの引き出し可能年齢が60歳から65歳に引き上げられるかも」という指摘は勇み足では
国の年金運用への不安を煽る理由
『働く君に伝えたい「お金」の教養』―達人が語る「お金」と「生き方」に関する不変の原理原則
スポンサードリンク

関連コンテンツ