2016年2月13日

『働く君に伝えたい「お金」の教養』―達人が語る「お金」と「生き方」に関する不変の原理原則



マネーリテラシー系の良書はたくさんありますが、最近出たものの中で圧倒的にお薦めなのが出口治明さんの働く君に伝えたい「お金」の教養: 人生を変える5つの特別講義だと断言します。軽い気持ちで読み始めたのですが、読了して三嘆。まさにお金だけでなく人生に関する達人の講話を拝聴している気分になりました。帯には「20代の新しいお金づきあい入門!」と書かれていますが、20代だけでなく30代、40代が読んでも貴重な学びがあります。些末な技法ではなく、「お金」そして「生き方」に関する不変の「原理原則」を平易に語る姿は、数々の修羅場を生き延びてきた老剣豪が語る洒脱さと禅味を帯びた芸論にも似ています。本書を読めば、初心者ば安心を、中級者は疑問を、そして上級者は深い得心とおのれの未熟さを感じることになるでしょう。

出口さんといえばライフネット生命保険の会長兼CEOであり「ミスター生保」の異名を持つ業界の大立者ですが、なぜか最近はいじられキャラとしての人気も高まっています。そんな出口さんが「将来の不安」と「お金の不安」に悩む若者に向けて実況講義したのが本書。年収200万円も1000万円も関係ない不変の「お金の原理原則」を教えてくれます。そしてゴールは次の2点だとしています。
お金のことで死ぬまで不安に思うことなく、楽しく生きていけるようになること。
お金に支配されることなく、お金を支配できるようになること。
このゴールに向けて本書ではお金について「知る」「使う」「貯める」「殖やす」「稼ぐ」という5つのテーマについて語るのですが、いずれも世の俗論を一刀両断する姿勢は痛快。

まず「知る」編では、貨幣の本質論から日本の財政問題や年金不安の正体について語っているのですが、この部分は「公的年金はあてにできないので社会保険料を払わずに自分で運用する」などとバカなことを言っている人を一刀両断にしています。その切れ味の本質は「負担が給付」というという社会保障制度の本質論なのですが、なかなか日本ではこの原理が理解されていない。

ただし、ここまでなら多くの専門家がすでに指摘しています。出口さんの踏み込みの驚異的なところは、ここからさらに進んで、年金問題をすぐに解決するには「移民を大量に受け入れ、高令者を減らすしか方法はない」といってしまうところ。そして次のように看破します。
世代間の不公平を煽っている無責任な学者やメディアが、解決策として「移民を大量に受け入れてサッカーチームに戻す」、そして「高令者の延命治療をいっさい廃止する」といった政策を同時に掲げていないのであれば、その人たちは、ただプラカードを掲げてやいのやいの言っているだけということになります。少子高令化という現実を「世代間の不公平」という一見耳障りのいい言葉に置き換えて、アジテーション(扇動)を行っているのにすぎないのです。
(中略)
大切なのは、できないことは考えないこと。つまり、「解」にならない悩みは捨ててしまう、ということです。いきなり大量の移民を受け入れることも、おじいさんおばあさんの延命を阻止することも「できないこと」。だったら、「世代間の不公平」などという言葉に惑わされず、少しでも「マシ」なほかの解決方法を考える。建設的な考えとは、そいうものです。
そして出口さんは、若者の将来不安を煽って、それで儲けている人がいることさえ示唆してしまう。だから「『20代は割を食う世代論』や『世代間の不公平論』を鼻息荒く語る大人は自分の儲け第一で、だいたいが勉強不足か、世の中をマクロで見る能力がちょっと足りないのだな、と判断することからはじめればいいでしょう」と言ってしまったところで思わず膝を打ちました。

それでは若者が現実の中で、よりよい人生を営むために必要な建設的な考え方とは何か。それが「使う」編、「貯める」編、「増やす」編、「稼ぐ」編で展開されています。最初に登場するのがお金の「使い方」なのですが、これが素晴らしい。おそらく本書のもっとも魅力的な部分であり、達人の自由闊達な境地を味わえるところでしょう。

出口さんが紹介するお金の使い方の大原則は、じつに単純明快。すなわち出口流「財産三分法」です。お金を手に入れたら、これを「財布(日常で使うお金)」「投資(なくなってもいいお金)」「貯金(流動性の高いお金)」に分けてしまうだけ。ようするに財布の中のお金で生活し、財布のお金が足らないときやアクシデントでお金が必要な時には貯金を下ろす(だから流動性が大事)。なくなってもいいくらいのお金は投資に回すということです。そして問題は、財布の中のお金の使い方なのですが、ここで出口さんはとても大切なことを強調しています。それは、
「貯める」や「増やす」よりも、「使う」ことの方がずっと大切
お金を使うときのルールはひとつだけ。「楽しいかどうか」
ということ。なぜなら「お金そのもにに価値があるのではなく、何かと交換したときに、はじめて価値が生まれる」から。こういう本質論をきちんと指摘してくれることはありがたいことです。でも、ここで注意しなければならないのが「楽しく使う」と「何も考えずに使う」はまったく違うということ。「『楽しく使う』ためには賢さが求められます」と出口さんは指摘します。

現在はバブル期や高度成長期といった「いい時代」の基準は当てはまらない。だから出口さんは「バブルおじさんにだまされるな!」と強調し、「保険」「貯蓄」「マイホーム」「結婚式」「専業主婦」「定年退職」といった過去の常識に囚われたお金の使い方や考え方を批評することになります。そして「いまの景気のなかでお金を楽しく使えることが、「賢さのバロメーター」なのです」と指摘しています。

万事がこの調子で、とにかく原理原則をしっかりと踏まえた上でお金の「貯め方」「増やし方」「稼ぎ方」も展開されているわけで、どこを読んでも勉強になる。まるで無防備に構えていながら、まったく打ち込む隙がない剣の達人といった感じで、お金についてよく勉強している人ほど対峙して冷や汗が出るのでは。細かい内容は紹介しませんが、「貯める」編に登場する親の介護費用の準備に対する考え方などは、まさに目からウロコでした。

でも、やはりこの本のすごいところは、お金に関する考え方が、生き方に対する深い思想的認識にまで達していることです。とくに「使う」編が「知る」編の次に配置されているところが本書の価値を一段と高いものにしています。お金を貯めることや殖やすことよりも「使うこと」が大事であり、その中に人生の本質がある。だから出口さんの次の言葉を読んだときには深く考えさせられました。
お金の使い方を考えることは、自分が何を楽しいと思い何を大切にし、どんな人間になりたいかを自問自答すること
素手の達人に対して、「参りました」と剣を置いて平伏する若輩武芸者の気分になりました。お金について何も知らないけれどもこれから勉強しようと思っている人だけでなく、すでにお金について勉強している人も大いに学びがある本です。本当にお薦めの1冊だと断言します。
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