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2017年2月13日
輝き始めた「受益者還元型信託報酬」―低コスト競争の次の焦点になるのでは
三菱UFJ国際投信が新規設定する超低コストインデックスファンド「eMAXIS Slim」について少し厳しい批評を書いてきましたが、実はこの商品には素晴らしいポテンシャルも秘められています。「eMAXIS Slim」の最大の特徴は「常に業界最低水準の信託報酬を追求する」ことです。しかし、あくまで他社の競合ファンドの信託報酬水準に横並びするだけで、主体的に最低水準を更新しようとはいないと見られててしまい、実際に私も最初はそう考えていました。ところが目論見書を読むと、なんと将来的には“常に単独で業界最低水準の信託報酬”を維持し続ける可能性があるのです。ポイントは「eMAXIS」シリーズに導入されている「受益者還元型信託報酬」の仕組みです。これまで「有名無実」などと冷笑されてきた仕組みが、ここにきて急速に輝き始めました。
「eMAXIS」シリーズには、ファンドの純資産の増加に従って信託報酬が自動的に引き下げられる「受益者還元型信託報酬」が導入されており、「eMAXIS Slim」にも適用されています。各ファンドとも純資産500億円以上1,000億円未満の部分について適用する信託報酬率を500億円未満の報酬から0.005%引き下げ、1,000億円以上の部分についても同様に0.005%引き下げられることになります(いずれも税抜)。例えば「eMAXIS Slim先進国株式インデックス」の目論見書には次のように記載されています。
この場合、信託報酬は純資産500億円未満では0.2%ですが、例えば1000億円になれば0.1975%となり、2000億円になれば0.19375%になります。その後も純資産が増えれば増えるほど0.19%近似に向けて信託報酬が低減していきます。
これはどういうことか。「eMAXIS Slim」は「常に業界最低水準の信託報酬を追求する」ことを掲げるファンドです。その場合、競合ファンドと横並びとなる信託報酬が純資産500億円未満の信託報酬とするなら、「eMAXIS Slim」は純資産が500億円を超えた瞬間、常に単独で業界最低水準の信託報酬になるということです。そして競合ファンドが信託報酬を引き下げたとしても、「eMAXIS Slim」が再び500億円未満の信託報酬で追随すれば、やはり信託報酬が500億円を超えている限り、単独で業界最低水準の信託報酬の地位を奪還できる仕組み。これは凄いポテンシャルです。ここにきて「受益者還元型信託報酬」という仕組みが輝き始めました。
しかし、私が「受益者還元型信託報酬」を評価するのは、単にコストが下がるからではありません。ファンドの成長が受益者の利益に直結する仕組みであり、それこそフィデューシャリー・デューティーに適う信託報酬の仕組みだと考えているからです。だから、三菱UFJ国際投信が「受益者還元型信託報酬」の導入を発表した当初、一部では「有名無実」とか「コスト引き下げのポーズだけ」といった冷笑的な扱いを受けたのに対し、私は最大限の高評価を表明しました。
三菱UFJ国際投信「eMAXIS」が受益者還元型信託報酬を導入―これはコスト構造の大改革だ
こういう制度が普及すれば、委託会社、受託会社、販売会社、受益者が純資産残高拡大に向けてウィン・ウィンの関係になる。委託会社、受託会社、販売会社が受益者とともにファンドを育てる意識にもつながります。それはファンドとして理想の形です。
今回、三菱UFJ国際投信は「eMAXIS Slim」にも「受益者還元型信託報酬」を導入しました。このインパクトは、競合ファンドにとってジワジワと効いてくるかもしれません。いまのところ「eMAXIS Slim」の競合ファンドは、ニッセイアセットマネジメントの「<購入・換金手数料なし>シリーズ」、アセットマネジメントOneの「たわらノーロード」、大和証券投資信託委託の「iFree」あたりですが、いずれも「受益者還元型信託報酬」のような仕組みは採用していません。ということは、「eMAXIS Slim」の純資産残高が500億円を超えた瞬間、これら競合ファンドは常にコスト競争力で劣位に立たされる可能性があるのです。このことをどう考えるか。
こう考えると、純資産残高の成長にあわせて信託報酬を引き下げる「受益者還元型信託報酬」の仕組みは、インデックスファンドの低コスト競争における次の焦点になるのではないでしょうか。というのも、日本のインデックスファンドの規模から考えて、現在の“業界最低水準”の信託報酬というのは、恐らく採算的にギリギリのところでしょう。個別ファンドベースでは赤字になっているものもあるはずです。このため今後はこれまでのような大幅な信託報酬引き下げを実施する余地が少ない。そこで今度は純資産残高の増加と信託報酬引き下げを連動させる仕組みを打ち出すと。受益者の力を借りてコスト低下に取り組むというやり方です。これなら既存の受益者と新規の受益者が力を合わせてファンドを育てる環境が整います。受益者がファンドを長期保有するインセンティブにもなりますから、運用会社にとっても悪い話ではありません。
ここからは業界三国志的な話。「eMAXIS Slim」に対抗するために「<購入・換金手数料なし>シリーズ」「たわらノーロード」「iFree」は受益者還元型信託報酬を導入するべきでしょう。例えば「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は、すでに純資産残高が400億円台ですから、500億円以上から受益者還元が発動する仕組みを導入するとかなりのインパクトとなり、さらなる資金呼び込む可能性があります。また、「たわらノーロード先進国株式」は、まだ純資産残高が60億円台ですが、ここは思い切って100億円とか200億円から仕組みが発動するようにすれば、やはりインパクト抜群です。
ちなみに、やはり競合ファンドのひとつと目される三井住友アセットマネジメントの「三井住友・DC」シリーズは、すでに受益者還元型信託報酬が「三井住友・DC外国リートインデックスファンド」と「三井住友・DC日本リートインデックスファンド」に採用されています。しかも仕組みが発動するのは純資産残高200億円以上から。これが「三井住友・DC」シリーズ全体に適用されるようになると、やはりかなり面白い展開になります。
前にも書きましたが、「eMAXIS Slim」の登場で、ファンドの新規設定による低コスト競争という戦略は有効性を失いつつあります。今後は、いかに既存ファンドのコストを引き下げるのかというところに競争の焦点が移るはず。その場合、やはり受益者の信頼―それは純資産残高です―をどれだけ受益者に還元するのかというファンドの“志”が問われる時代になるはず。しかも、ここまでインデックスファンドのコストが低下すれば、今後はファンドの持続性(採算)への影響も無視できなくなります。その意味で、委託会社、受託会社、販売会社、そして受益者が利益を分け合いながら協働してコストを引き下げる「受益者還元型信託報酬」というのは、真っ先に普及しなければならない仕組みだと言えるでしょう。