2017年2月12日

三菱UFJ国際投信と「eMAXIS」が今すぐにしなければならないこと



三菱UFJ国際投信がインデックスファンド「eMAXISシリーズ」の中に新たに超低コストインデックスファンドのサブライン「eMAXIS Slim」をラインアップするという奇策に出たわけですが、私も含めて諸手を挙げて歓迎とはなっていません。その理由は、「eMAXIS」の既存ファンドの信託報酬引き下げがほぼ不可能であることを事実上、認めてしまったように解釈されているからです。何しろ「eMAXIS」はシリーズ全体で純資産残高合計が2300億円を超えるシリーズですから、いまでもeMAXISをコアにインデックス投資を続けている人が少なくない。そんな既存ファンドの受益者が、なんとなく切り捨てられたという印象を持ってしまったことが今回のモヤモヤ感の原因の一つでしょう。そういった「eMAXIS」既存ファンドの受益者のモヤモヤ感を解消するために、そしてフィデューシャリー・デューティーの観点からも、三菱UFJ国際投信が今すぐしなければならないことがあると思います。
※ややこしいですが、本文ではインデックスファンドシリーズとしてのeMAXISを「eMAXISシリーズ」、既存ラインアップのファンドを「eMAXIS」、新規設定された「eMAXIS Slim」は、そのまま「eMAXIS Slim」と表記します。

同じ「eMAXISシリーズ」の中に「eMAXIS」と「eMAXIS Slim」という内容が同じなのに信託報酬が異なるファンドがラインアップされたことには良い面も悪い面もあるのですが、最大の問題点は信託報酬の違いを合理的に説明する根拠が完全に失われたことです。この問題については昨日もブログで一部言及しました。

「eMAXIS Slim」登場の歴史的意味―インデックスファンドの低コスト競争は新たな局面に入った

繰り返しになりますが、例えば「eMAXIS先進国株式インデックス」の信託報酬(税抜)が0.6%に対して「eMAXIS Slim先進国株式インデックス」の信託報酬は0.2%。この信託報酬の差を合理的に説明する論理が建前論を前提にしたとしても見つからないのです。両者の違いは販売会社が異なることですから「eMAXIS Slim」を販売しない銀行などで「eMAXIS」を保有している場合は、販売会社のコスト構造が異なるということで(あくまで建前論の言い訳ですが)信託報酬の違いを説明できます。しかし、この論法では「eMAXIS Slim」を販売するSBI証券、楽天証券、マネックス証券、カブドットコム証券で「eMAXIS」を保有している受益者に対して、なぜ「eMAXIS Slim」よりも割高な信託報酬を負担しなければならないのかを合理的に説明することができません。

なぜこんな問題が起こるのかというと、そもそも「eMAXIS」と「eMAXIS Slim」の信託報酬の差は販売会社の取り分からだけで生じているわけでないからです。例えば「eMAXIS先進国株式インデックス」と「eMAXIS Slim先進国株式インデックス」の信託報酬の内訳は次のようになっています(両ファンドとも純資産の増加にともなって信託報酬が引き下げられる「受益者還元型信託報酬」が採用されていますので、分かりやすいように500億円未満の部分だけで比較しました)。

eMAXIS先進国インデックス(信託報酬0.6%)
委託会社 0.27%
受託会社 0.06%
販売会社 0.27%

eMAXIS Slim先進国株式インデックス(信託報酬0.2%)
委託会社 0.09%
受託会社 0.02%
販売会社 0.09%

「eMAXIS Slim」と比較して「eMAXIS」の割高なコストを徴収しているのは販売会社だけでなく、委託会社と受託会社も同様なのです。委託会社である三菱UFJ国際投信と三菱UFJ信託銀行は、このコスト差をどのように合理的に説明するつもりなのでしょうか。しかも、「eMAXIS」は各ファンドともそれなりの純資産残高があります。一方、「eMAXIS Slim」は新規設定ですから、本来なら「eMAXIS」の方が規模の経済が働き、コスト引き下げの条件が整っているはずなのです。

こういう問題に対して問われるのがフィデューシャリー・デューティーなのです。だから「受益者の利益を専らにする」というフィデューシャリー・デューティーの観点に立てば、三菱UFJ国際投信が「eMAXIS」で今すぐしなければならにことは明白です。それは、販売会社の取り分は放置した上で、委託会社の取り分に関しては「eMAXIS Slim」と同じ水準にする形で信託報酬を引き下げることです。これなら販売会社の利益は毀損しませんから、同意も得やすいはず。

もし「eMAXIS」の信託報酬のうち委託会社の取り分を「eMAXIS Slim」と同じにすれば、引き下げ後の「eMAXIS先進国株式インデックス」の信託報酬は0.42%となります。その上で受託会社である三菱UFJ信託銀行にも「MUFGとしてフィデューシャリー・デューティーを遵守しよう」といって説得する。受託会社の取り分も同じになれば、信託報酬は0.38%となります。業界最低水準ではないけれども、既存の受益者からすれば十分納得も得心もできるレベルでしょう。

なにより、これなら三菱UFJ国際投信は「eMAXIS」の受益者に対して「eMAXIS Slim」との信託報酬差について初めて合理的に説明できる。受益者から「なんで信託報酬に差があるんや?」と聞かれれば「一部の販売会社ががめつくて報酬引き下げに応じまへんのや。委託会社と受託会社としては、できる限り低コスト化を進めたんで、今回はこれで堪忍しておくんなはれ」と言えるのです。私が受益者なら「いやいや、悪いんは委託会社やあらへん。ほんま、販売会社っちゅうのはボッタクリでどうしょうもないない奴らやな。逆に三菱UFJ国際投信さんが頑張ってくれたおかげで、だいぶ安くなった。ありがとうな。これからも運用よろしゅう頼むわ」と答えます。これこそがフィデューシャリー・デューティーに基づく運用会社と受益者のあるべき関係なのです。

三菱UFJ国際投信が「eMAXIS Slim」で“常に業界最低水準の信託報酬を追求する”ことを明確にしたことは、インデックス投資の世界全体にとってとても素晴らしいことです。しかし同時に、すでに三菱UFJ国際投信に大切な資金を託してきた「eMAXIS」の受益者に対するフィデューシャリー・デューティーを全うして欲しいのです。投資・運用の世界がより良くなるためには、「業界最低水準の信託報酬を追求する」ことと同じく「受益者の利益を専らにする忠実義務」であるフィデューシャリー・ディーティーを全うすることに理念的価値がある。その意味では、今回の「eMAXIS Slim」の登場を諸手を挙げて歓迎できずに、なんとも言えないモヤモヤ感を持っているインデックス投資家というのは、意識的か無意識的かは別にして、”安ければいい、儲かればいい”というレベルを卒業して、投資家と金融機関との関係性に求められるある種の理念的価値に気付いた「大人の投資家たち」なのです。

「大人の投資家たち」が求めていることは、単にコストが安いことではありません。コストの在り方に対する合理的な説明です。合理的な説明があり、それに納得も得心もできれば、例え信託報酬が業界最低水準でなくとも運用会社に対する受益者の信頼感は失われません。だから今回の場合、三菱UFJ国際投信がまずやるべきことは、「eMAXIS Slim」との信託報酬差の根拠を合理的に説明できる形に「eMAXIS」の信託報酬の内訳を変更し、コストを引き下げることなのです。それができれば、すでに「eMAXIS」を保有している受益者もある程度は納得できたのでは。

それは言い換えると、三菱UFJ国際投信が「eMAXISシリーズ」の中にある矛盾を今後も放置し続けるなら、「eMAXIS」は新規購入どころか、すでに購入した分を保有を続ける価値さえない商品として受益者に見捨てられるでしょう。受益者が横暴だからではありません。受益者に対してフィデューシャリー・デューティーを全うしようとしない運用会社が不誠実だから見捨てられるのです。そしてこれは三菱UFJ国際投信だけの問題ではありません。すべての運用会社、あるいはすべての金融機関は、受益者の利益を専らにするというフィデューシャリー・デューティーの精神をないがしろにしたとき、受益者から見捨てられるのだという信託の大原則を忘れてはいけないのです。

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