すでに多くのブロガーさんが話題にしていますが、ニッセイアセットマネジメントが低コストインデックスファンド「購入・換金手数料なしシリーズ」の信託報酬を引き下げるとの観測が出ています。ソースは日経新聞に掲載された田村正之編集委員による記名記事です。
個人型DCに割安投信続々、数百万円お得も(「日本経済新聞」電子版)
まだ正式発表はありませんが、かりにこれが事実だとすると、その意義は極めて大きいといわざるを得ません。それは、現在進行中のインデックスファンドの信託報酬の低コスト競争が、“本物”になるためのメルクマールになる可能性を秘めているからです。その意味でニッセイアセットマネジメントの挑戦に期待したいのです。
昨年からインデックスファンドの低コストが急速に進みました。そのきっかけは作ったのがニッセイAMの「購入・換金手数料なしシリーズ」だったわけです。その後、三井住友アセットマネジメントによる確定拠出年金(DC)専用ファンドの一般販売開放や、DIAMアセットマネジメント(現アセットマネジメントOne)の「たわらノーロード」シリーズの登場、そして今年は大和証券投資信託委託による「iFree」シリーズのローンチと続きました。
こうした競争によって、現在では国内株式インデックスファンドの信託報酬は年0.2%程度、先進国株式インデックスファンドでも年0.2%強というひと昔からすれば驚くべき水準にまで低下しています。こうした動きに対抗するため、ニッセイAMが購入・換金手数料なしシリーズの信託報酬を引き下げることを検討しているとして、日経新聞の記事は次のように報じています。
複数の投信販売会社の幹部は「ニッセイアセットは近く、購入・換金手数料なしシリーズの投信8本全部を、同じ資産クラスのiFreeをよりに引き下げると聞いている」と口をそろえる。ニッセイAMが「購入・換金手数料なしシリーズ」の信託報酬を引き下げるのは、過去に例があります。2015年11月にシリーズの3ファンドの信託報酬を大幅に引き下げました。これは明らかにその前に一般販売開放された三井住友DCシリーズの信託報酬をさらに下回ることで対抗しようしたものでした。そして今回はiFreeをターゲットに再び業界最低水準の信託報酬を目指そうということでしょう。
こういうニッセイAMの姿勢を私は高く評価します。しかし、それは信託報酬が安くなるから評価するのではありません。それよりも、“既存ファンドの信託報酬を引き下げた”から評価するのです。
昨年からのインデックスファンドの低コスト競争は多くのインデックス投資家から歓迎されたわけですが、ここにきて妙なモヤモヤ感がありませんか。それは、インデックスファンドの低コスト化は、ほとんどがファンドの新規設定によってなされているということです。
インデックスファンドにとって低コストは最大の付加価値ですから、それ自体は歓迎するべきことでしょう。しかし、低コスト化がファンドの新規設定によってのみ実現されているようでは、インデックス投資家は常に新しいファンドへの乗り換えを検討せざるを得なくなります。そして、ファンドを乗り換えたとたん、新たに別の低コストファンドが登場して、再び乗り換えを検討する…なんだか不毛な感じがしませんか。
モーニングスターの興味深い記事が載っていました。ファンドの平均保有年数はアクティブファンドよりもパッシブファンドの方が短いそうです。
“じっくり”投資家増殖中、NISAだけではない理由(モーニングスター)
断定はできませんが、パッシブファンド(インデックスファンド)を保有している投資家は、より低コストなファンドが登場すればそれに乗り換えることで結果的に平均保有年数が短くなっているいるのでは。だとすれば、ちょっといびつな構造です。本来ならパッシブファンドの方が長期保有されて当然だからです。
ここでふと気づくのです。なぜ運用会社は低コスト競争を戦うためにファンドを新規設定する必要があるのかということに。そんなことをしなくても既存ファンドの信託報酬を引き下げることで対抗すればいいはずです。そうなれば既存ファンドの受益者も、いちいちファンドを乗り換える必要もないし、かえってファンドや運用会社に対する信頼感も高まるはず。実際に投資信託の先進国である米国では、ミーチュアルファンドやETFの低コスト競争は、既存ファンドの経費率を引き下げる形で行われています。
世界最大級のETFが運用報酬の値引き競争 新ルールで(ETF GateWay)
近く来る「ETF運用フィー0.00%時代」では、「なるべくコストの安いバンガードのような運用会社を選べ」という戦術は、意味をなさなくなる(Market Hack)
これが低コスト競争の本来あるべき姿のはずです。ところが日本の場合、おそらく販売会社の意向や運用会社の社内(親会社かも)事情から既存ファンドの信託報酬を引き下げることが難しいのでしょう。そこで苦肉の策として、より低コストなファンドを新規設定するというややいびつな形で運用会社間の低コスト競争が進んでいるといえます。そのいびつさこそ受益者が感じるモヤモヤ感の原因なのです。
その意味でニッセイAMが「購入・換金手数料なしシリーズ」の信託報酬を再び引き下げるというのは大きな意義がある。ニッセイAMは、既存ファンドのコストを引き下げるという、低コスト化競争の本来あるべき姿を実行しようとしているからです。(ちなみに私は、三菱UFJ国際投信がeMAXISシリーズで資産残高の増加に応じて信託報酬を引き下げる受益者還元型信託報酬を導入したことも高く評価しています。「形だけ」「ポーズにすぎない」と批判されようとも、少なくとも既存ファンドのコストを引き下げる形式を正式に規定したからです。また、三井住友トラスト・アセットマネジメントの「SMT」シリーズも過去に信託報酬を引き下げた実績があります。これも私がいまだにSMTを評価し続けている理由です)。
今後、本当にニッセイAMが「購入・換金手数料なしシリーズ」の信託報酬を再度引き下げた場合、私は今度こそファンドを乗り換えます。そして、他により低コストなファンドが新規設定さても、簡単には乗り換えません。なぜなら、既存ファンドの信託報酬を引き下げるという低コスト競争の本道を歩もうとしているファンドと運用会社を受益者として応援しなければならないと考えるからです。そして、ニッセイAMの試みが成功し、「購入・換金手数料なしシリーズ」が順調に純資産残高を成長させることは、他の運用会社や販売会社に対する大きなメッセージになるのです。
将来、低コストなファンドの登場にいちいちアンテナを張り巡らさなくても、良質なファンドを保有さえしていれば知らないうちに信託報酬が低下していたという時代が来ること願わずにはいられません。そうなってこそ、低コスト競争も“本物”なのです。だからこそ、ニッセイAMの今後の動きに期待せずにはいられません。
【関連記事】
三菱UFJ国際投信「eMAXIS」が受益者還元型信託報酬を導入―これはコスト構造の大改革だ
投資信託の販売会社は運用会社からの報酬引き下げ要請に応じる義務がある