2021年9月27日

財務諸表が読めないジャーナリスト、新聞記者

 

新型コロナウイルス禍ですが、新規感染者の減少が続くなど、ようやく収束の兆しが見えてきたように感じます。感染拡大第6波に備えて引き続き対策を続ける必要はあるでしょうが、やはりワクチンの威力は凄いと素直に感じます。また、先進国の中で日本は比較的被害が少ないというのも客観的な事実でしょう。もちろん、中国や韓国、台湾と比べると大きな被害を出しているのですが、そもそも中国のような統制体制国家や、韓国・台湾のような準戦時体制の国と比較するのは、どだい無理な話なのです。その意味で、日本で新型コロナ対策を指導してきた専門家チームの功績というのは、それなりに評価しなければならないと思います。ところが最近、専門家チームを率いる尾身茂博士に対して、ちょっと見過ごせない報道がありました。

尾身博士は現在、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長を務めていますが、本務は独立行政法人地域医療機能推進機(JCHO)の理事長を務めています。JCHOは、かつて社会保険庁所管の団体が運営していた医療機関を一括運営するための機構です。ちなみには私は一昨年、JCHO大阪病院(旧・大阪厚生年金病院)で胆石症の手術を受けたので、ちょっとお世話になっています。そのJCHOが、新型コロナ病床拡充のために補助金を受け取りながら、それを有価証券運用に回していると批判する記事が出ました。


記事によると、JCHOは2020年度にコロナ補助金を含む補助金収益が約324億円あり、前年度より311億円も増加する中、有価証券の運用額が685億円と前年度から130億円増加していることを指摘しています。これを「補助金で収益をあげながら多くの資金を有価証券で運用するのが適切と思うか、補助金を投資で使っている事実はないか」と問題視しています。ところが、実際にJCHOの財務諸表を見ると、印象は大きく変わります。

令和2年度(第7期事業年度)財務諸表(独立行政法人地域医療機能推進機)

確かに貸借対照表を見ると流動資産として有価証券650億円が計上されています。しかし、財務諸表の付属明細書を見ると、この有価証券は全額が譲渡性預金だということが分かります。譲渡性預金は有価証券に分類されますが、事実上は現預金と同じ流動性を持つものです。記事では現預金が約24億円しか増えていないと書いていますが、譲渡性預金も現預金とほぼ同じだと考えれば、この指摘は的外れでしょう。

さらに2020年度の貸借対照表の負債の部を見ると、未払金が約370億円あり、前年度から約110億円増加しています。単純に考えれば、譲渡性預金で増加した約130億円というのは、今後の支払いにのために用意されている短期流動資産なのかもしれません。そもそも新型コロナ関連の補助金収入というのは一時的であるのに対して、関連支出は継続的に発生するので、交付された資金をどこかに置いておかなければならないというのは容易に想像できます。いずれにしても、少なくとも記事がほのめかすような「補助金を投資で使っている」というふうには見えません。

結局、この記事は財務諸表が読めていないのです。それが無知ゆえなのか、あるいは分かった上で意図的にミスリーディングを誘っているのか分かりませんが。そして、またもや無知ゆえにか意図的かは分からないけれども、さっそくこの記事に飛びつく新聞記者も現れます。
「酷い」のは財務諸表をきちんと見ない新聞記者の方でしょう。私のような素人以下の脊髄反射に驚かされます。そもそもジャーナリストや新聞記者という職業にある人間が、財務諸表すらまともに読めない(読まない)というのはどういうことでしょうか。べつに経済専門記者でなくとも、これまで経済や企業がらみの記事を書いてきたはずなのに。それこそ「これは酷い」と言いたいよ。新型コロナ禍は、結果的に社会全体の“バカ発見器”になっているという感じを改めて強く持ちました。

それにしても、こういった意味のよく分からない批判にさらされ続けながらも、決してキレることなく仕事を続けている尾身博士というのは、とんでもない人物だと思う。「現実」はきれいごとや理想論だけでは動かせない。「現実」を動かすというのは、どういうことなのか。それはある種、悲壮な営みでしょう。それを倦むことなく淡々と続ける姿に、それこそガキばかり増えた今の世の中で、本物の「大人」の姿を見るような気がします。

【ご参考】
尾身博士がどういう人物なのかについては、著書『WHOをゆく: 感染症との闘いを超えて』が非常に参考になります。この人が、とんでもない人物だということよく分かります。

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