2020年8月29日

ありがとう、アベノミクス―教科書通りの凡庸さと偉大さについて


安倍晋三首相が持病の悪化から総理を辞任すると発表しました。いろいろな評価があるとは思いますが、歴代最長の総理在任日数を更新したことも含めて、やはり歴史に名を残す総理大臣だったと思います。思い返せば私も資産形成を真剣に考え、実行し始めたのは、まさにアベノミクスがスタートするのと同時でした。いろいろありましたが、エキサイティングな7年半だったと思う。いま改めて考えるのは、アベノミクスとは何だったのだろうかということです。いずれ歴史が評価するでしょうが、現時点で感じるのは、その凡庸さと、それゆえの偉大さです。

私が本格的に株式投資をスタートさせたのは2013年。まさにアベノミクスのスタートと同時でした。安倍政権が大胆な金融緩和策を中心とする“アベノミクス”を打ち出し、デフレからの脱却を目指すと宣言した時、「これは大変なことになった」と思ったものです。成功すれば2%以上のインフレになる。失敗すればハイパーインフレになると思ったからです。どちらに転んでもインフレ対策が必要だと思い、保有していた現金の一部で個別株やETFを買い、さらにインデックス投資との出会いから積立投資をスタートさせました。

結果的にですが、その判断は間違っていなかったわけです。それからの株価の上昇は素晴らしいものがありました。株価だけではありません。経済全体の好転も驚くべきものでした。多くの企業の収益が改善し、失業率も下がっていきます。私のような零細企業に務めるサラリーマンですら、給与やボーナスが増えました。その少し前までは、リーマン・ショックの打撃から賃金カット、ボーナス無しになっていたのですから、隔世の感です。そういう実感が持つ人が多かったからこそ、安倍首相は選挙に勝ち続け、支持率も最後まで底割れすることがなかったのでしょう。

では、アベノミクスの何が良かったのでしょうか。それは、教科書通りのマクロ経済政策を実行するという“凡庸さ”だと思う。デフレ下では金融を緩和するというのは、経済学の教科書に書かれている普通の処方箋です。そしてリーマン・ショック以降、世界各国が教科書通りの経済政策を実行しました。アベノミクスも、それに倣ったに過ぎないわけですが、しかしそういった“凡庸さ”というのは偉大なのです。グローバル経済において各国が教科書通りの経済政策を執っている中で、“ぼくのかんがえたさいきょうのけいざいせいさく”をやっていては自殺行為だからです。

この7年間の経済好調の理由を「たんに海外の好調に支えられただけで、アベノミクスの成果ではない」と批判する人がいますが、とんでもない話です。海外と歩調を合わせて教科書通りの経済政策を実施したからこそ、グローバル経済の回復の波に乗ることができたのです。回復度合いの違いは、各国の経済構造の差によるものにすぎません。

もうひとつ強調したいことがあります。安倍政権の経済政策は、意外とリベラルなものだったということです。安倍政権はかなりの再分配政策を実行しています。この7年間で相続税は大幅に引き上げられ、高額所得者への課税も強化されました。一方で最低賃金の引き上げには積極的だったし、社会福祉関連の政策でも、それこそ“バラマキ”批判がなされたほど。結局、安倍政権というのが国際標準から見れば中道左派政権だったのです。それを日本のリベラル陣営は極右だと思い込んだ。実態は中道左派の政権に対して、さらに左側から批判しようとしたために、リベラル陣営は知らず知らずの間に極左のような立ち位置に自ら落ち込んでしまったのです。現在、日本でリベラル陣営が国民の広い支持を得られない理由です。

もちろん長期政権の弊害もあります。政治家や官僚の中に虎の威を借るような人物が増えたことです。権力は必ず腐敗するものですが、その腐敗は往々にして権力の中心ではなく、周辺から始まるのでしょう。その意味で、このタイミングで安倍首相が辞職するというのは必然だったのかもしれません。ただ、だからと言ってこれまでの実績を全否定してはいけない。毛沢東は偉大な革命家であると同時に残虐な独裁者でした。その毛沢東に対して中国人は「功七割、罪三割」と評価しています。こういう中国人の合理主義は見習いたいものです。なにより毛沢東の偉大さと残虐さと比べれば、安倍晋三はじつに凡庸で穏やかなものです。

あらためて振り返ると、いろいろあったけれどもエキサイティングな7年半でした。自分の生活だけを見ても、倒産寸前だった勤務先はいまも健在で、7年前と比べると収入も増えています。資産形成も順調で、7年間で保有金融資産額は3倍になりました。そして結婚もできました。そんな小市民の実感を込めて、あえて言いたい、“ありがとう、アベノミクス”と。そして、安倍総理の後継には、ぜひとも凡庸さを恐れずに、引き続き教科書通りの政策を実行して欲しいと思います。

最後に、安倍総理、お疲れ様でした。

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