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2019年6月12日

金融庁の「高齢社会における資産形成・管理」報告書が本当に伝えたかったこと



金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」がまとめた報告書「高齢社会における資産形成・管理」に端を発する騒動は、完全に政治問題になってしまいました。7月に参議院選挙が控えていることもあり、野党はこれを「公的年金破綻論」の証拠として政府批判の材料に利用しています。政府・与党の対応も因循姑息の極みで、諮問した当事者である麻生太郎財務大臣が報告書の受領を拒否すると発言するなど無茶苦茶です。もはや誰も報告書そのものを読もうともしないし、報告書作成のために議論した民間有識者の真摯な思いを想像することすらしようとしません。本当に情けないことです。だからこそ、少しでもいいから報告書が本当に伝えたかったことをネット上に残しておきたいと思います。

そもそも今回の報告書は公的年金を問題としたものではありません。タイトルが示すように高齢化社会においてあるべき金融サービスとは何かを議論したものです。だから、公的年金の問題はあくまで「公的年金の受給に加えた生活水準を上げるための行動」という観点から自助努力の必要性を指摘する部分に登場しただけです。一部のマスコミが伝えるように「年金など公助の限界を認めるもの」では決してなかったのです。

そして、虚心坦懐に報告書を読めば、ワーキンググループのメンバーがどれだけ真摯に議論したかもわかります。高齢化社会において資産形成・管理、そして金融サービスはどうあるべきかについて包括的かつ明晰に分析・提案しているからです。しかし、この素晴らしい内容の報告書も、事態が政治問題化したことで正しく理解される機会は大幅に制限されることになりました。もしかしたら文書自体が取り下げられ、今後は読むことができなくなるかもしれません(関心のある方は、今のうちに保存しておくことをお勧めします)。しかし、それでは議論に参加したメンバーが気の毒すぎる。

だから、この報告書が本当に伝えたかったことを、このブログを通じてネット上に残しておこうと思います。それは報告書の「おわりに」の部分です。これこそワーキンググループのメンバーが議論を重ね、本当に伝えたかったことの核心です。長くなりますが、全文を引用します。これを読めば、この報告書に込められた“思い”が理解できるはずです。
日本人は長生きするようになった。さらに、現在の高齢者は昔に比べて格段に元気であり、社会で活躍し続けている。これ自体は素晴らしいことであり、多くの人にとっても、社会全体にとっても望ましいことである。しかしながら、寿命が延び活動し続けるということは、それだけお金がかかるということを意味する。余暇活動を楽しむなど心豊かな老後を楽しむためには、健康と同様にお金も重要である。長寿化に応じて資産寿命を延ばすことが重要であり、この観点から、ライフステージ別に知っておくことが望ましい事柄をこれまで紹介してきた。
特に 2025 年は、いわゆる団塊の世代が 75 歳を迎える年とされる。75 歳を超えたあたりから認知症有病率は大きく上昇するとされており、今から準備を始めることが重要と考えられる。認知能力・判断能力の低下は誰にでも起こりうるという認識の下、これに備え、対応することは、本人にとってこれまでと同じ形で金融サービスを受けるという意味で必要であり、家族など周囲の者を混乱させないという意味でも非常に重要である。また、その先の 2030 年ごろにはもう一つの人口の塊である団塊の世代ジュニアの者が 60 代となり、資産の取崩し期を迎えることが予想される。
これを見据えて、今何ができるか、何をすべきか。標準的なモデルが空洞化しつつある以上、唯一の正解は存在せず、各人の置かれた状況やライフプランによって、取るべき行動は変わってくる。今後のライフプラン・マネープランを、遠い未来の話ではなく今現在において必要なこと、「自分ごと」として捉え、考えられるかが重要であり、これは早ければ早いほど望ましい。そして、金融サービス提供者はこうした顧客の状況に対して、どれだけ顧客本位で一緒に考えることができるか。「自分ごと」として顧客に寄り添って考えることができる金融サービス提供者が顧客からの信頼を勝ち得ていくと考えられる。
冒頭で述べたとおり、高齢化は世界共通の課題となりつつある今、先進国、新興国を問わず、各国は対応を模索している、国際社会の中で、わが国は高齢化の最前線にいる。中国、韓国、シンガポール、タイそしてベトナムといったアジアの国では、わが国の高齢化に急速に追いつきつつあり、多くの国がわが国と同じように高齢化の問題に遠からず直面することが予想される。わが国はそのトップランナーとして高齢化対応に取り組んでおり、その取組みは各国から注目されている。今後、この成果を踏まえながら、各国の取組みの加速や知見の共有が期待されるが、特に高齢化先進国であるわが国については、その経験を共有することで各国の状況に適応できる解決策の検討に貢献することが期待されるところである。実際に、今年、わが国はG20の議長国を務めるが、「G20金融包摂のためのグローバルパートナーシップ(GPFI)」において、高齢化が金融サービスに与える影響と対応について、議論を主導し、「高齢化と金融包摂のための G20 福岡ポリシー・プライオリティ」をまとめたところである。
しかしながら、わが国が世界のトップランナーであるということは、世界でも先例がない議論を行っているということでもあり、皆が手探りで議論を行っている現状である。前述のとおり、現時点で一つの解はない。今回の当ワーキング・グループの議論も、絶対的な解決方法を提示できているわけではなく、ブループリントを描いたのみと言えるかもしれない。ただ、それでも皆が高齢者対応を模索している中で、意義が大きい議論であると考えられる。この議論においては、個々人や金融サービス提供者、行政機関などのあらゆる主体がメインプレーヤーであり、多様な主体が意識を共有して、協働していくことが非常に重要である。公的な場に留まらず、シンポジウムなどの場、さらには周りの者ともこの問題を話し合い、皆で高齢社会における資産形成・管理や金融サービスのあり方に対する知見を深めていくことを通じて、対応のあり方が進化していくものと考えられる。この報告書が契機の一つとなり、幅広い主体に課題認識等が共有され、各々が「自分ごと」として本テーマを精力的に議論することを期待している。
自分の人生や老後について「自分ごと」として考えること。そのためにに各々が精力的に議論に参加することが必要であり、人任せにしたり、あるいは人のせいにしていても問題は解決しないのです。これこそが、この報告書が本当に伝えたかったことに他なりません。

【ご参考】
補足ですが、『週刊東洋経済』2019年6/15号に社会保障制度研究の第一人者である慶応大・権丈善一教授のインタビュー「年金は破綻なんかしていない 「わからず屋」は放っておこう」が掲載されています。“公的年金破綻論”が政治的意図をもった考えだということを明快に説明していて痛快でした。一読を勧めます。



また、世間に流通してる公的年金に関する議論が、いかに粗雑でいい加減なものかということも、やはり権丈先生の『ちょっと気になる社会保障 増補版』を読めばよくわかります。この本は年金など社会保障制度について語るなら、最低限これだけは理解しておくべき内容を網羅している非常に優れた入門書です。

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