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2019年3月6日
運用会社の未来は「現にある顧客への回帰」の中にある
HCアセットマネジメントの森本紀行社長が、それこそ“はたと膝を打つ”ようなコラムを書いています。
金融における不毛な競争がもたらす悪循環(アゴラ)
金融というの基本的に公共性を持つがゆえに強い規制の対象とならざるを得ず、基本的に差別化が難しい産業です。その中で金融機関が創造的革新を欠いた競争を繰り広げた場合、金融機関は疲弊し、結局は対顧客サービスの低下という悪循環に陥るという指摘です。一読してなるほどと思いました。そしてこれは、運用会社にも当てはまるのではないかと感じたのです。
森本さんの主張の対象は基本的に銀行のようですから、コラムでは住宅ローンや法人融資について論及しています。本質的で革新的な需要のや価値の創造がない中で、ひたすら競合他社から顧客を奪うことだけを目的とした“内攻的競争”を繰り広げているだけでは、結局は金融機関全体が疲弊してしまう。なにより深刻なのは、それによって既存の顧客に対するサービスの質が低下し、やがて既存の顧客も失い、金融全体としては少しも成長しないという問題です。
この問題を解決するためには、「現にある自分の顧客に全精力を注入すべきではないのか」と森本さんは指摘します。住宅ローンなら、既存顧客に対して増改築ローンやリバースモーゲージなどを提案するといった方法で「内在的な成長の可能性」を探ることの重要性を指摘しています。
これを読んで感じたのは、これは運用会社についても当てはまるのではないかということです。近年、インデックスファンドを中心に信託報酬は劇的な低下を見せました。それは素晴らしいことですから、私も常に歓迎の意を表してきたのです。しかし同時に、なんともいえない“モヤモヤ感”が高まっていました。その正体が少し見えたような気がします。それは、現在のインデックスファンドの低コスト競争が、もしかした既存顧客へのサービスを低下させることで成立する“内攻的競争”に陥っているのではないかという危惧です。
現在の日本のインデックスファンドの低コスト競争は、いくつかの先進的なファンドが牽引する形で進行しています。しかし、その同じ運用会社が、やはりそれなりの数の受益者が存在する既存ファンドのコスト水準を高いままに放置している現実を忘れてはいけないと思う。
例えば、三菱UFJ国際投信は「eMAXIS Slim」シリーズで低コスト競争をリードしていますが、既存の「eMAXIS」シリーズの受益者の存在をどのように考えているのか。ニッセイアセットマネジメントも「<購入・換金手数料なし>」シリーズで断続的に信託報酬を引き下げる一方、今でも根強い人気があり受益者も多い「ニッセイ日経225インデックスファンド」のことは忘れたのでしょうか。アセットマネジメントOneも「たわらノーロード」シリーズで低コスト競争の先鞭をつけた反面、「日経225ノーロードオープン」という隠れた人気商品の信託報酬を極めて高水準なままに放置しています。
こうした状況は、それこそ特定ファンドで低コスト競争をしかけ、他社のシェアを奪いに行く一方で、(相対的にですが)各運用会社にとって「既存顧客へのサービスが低下する」という状況を生み出しているといえまいか。それこそ競争が“内攻的”になっているのではないかという危惧であり、私が最近感じる“モヤモヤ”の正体です。
新規顧客の獲得は営利企業にとっても最も重要な戦略ですから否定はしません。引き続き低コスト競争が続くことも個人投資家の1人として大歓迎です。しかし同時に、低コスト競争の次の段階として運用事業の創造的革新が問われる段階がいずれ来ると思う。それこそが運用というビジネスの裾野をもっと広げ、「内在的な成長の可能性」を確立するために必要なのではないでしょうか。
ひるがえって米国を見ると、目指すべき未来図がおぼろげに見えます。米国ではバンガードやブラックロックといった大手運用会社が熾烈な低コスト競争を繰り広げています。しかし、彼らは決して「競合他社が値下げしたので対抗して値下げします」といったケチ臭いことは(実態はどうか別にして)言わない。単純に「純資産残高増加などによって運用効率が高まったので、その成果を受益者に還元します」とだけ言って、淡々と信託報酬を引き下げる。しかも、特定ファンドだけではなく、その運用会社が運用するすべてのファンドでこれが行われているのです。
これこそが不毛でない低コスト競争の姿です。それは既存顧客を犠牲にして新規顧客獲得を目指すような“内攻的競争”ではなく、“現にある自分の顧客に全精力を注入する”結果としての競争だからです。私は日本の運用会社も、いずれこの境地を目指して欲しいと願っています。そして、その兆しもわずかですが感じます。
最近、野村アセットマネジメントや三井住友アセットマネジメントが古くから運用しているDC用ファンドの信託報酬を引き下げたりしました。これらはいずれも現にある顧客へのサービスを高めるものです。それは“コスト最安値”よりも、ある意味で尊い行為だと思う。
あるいは、さわかみ投信やセゾン投信、ひふみ投信など直販ファンドは外部から「宗教だ」などと揶揄されながらも、受益者からの信頼は強固です。それは、やはりこれら直販ファンドが常に既存の受益者へのサービスを第一とする姿勢を見せ続けてきたからでしょう。
こうした動きがすべての運用会社に広がることこそが、日本における投資信託、あるいはインデックスファンドの未来を拓くのではないでしょうか。
運用会社の未来は「現にある顧客への回帰」の中にあるのです。