2018年9月10日

「暴落したら全力買いだぜ」が実行できるほど現実は甘くない―リーマン・ショックから10年に寄せて



日経新聞を読んでいたら、まもなくリーマン・ショックからちょうど10年になることを踏まえて当時を検証する連載が始まっていました(「リーマン危機10年 当事者の証言(1) 責任不在、次の危機の芽」)。早いもので、あれからもう10年経つもですね。最近は若い投資家も増えていますから、わずか10年前のことでも実体験していない人もいることでしょう。せっかくなのでリーマン・ショックのような本物の経済危機が起こると、私のような零細企業サラリーマンにはどういった事態が起こるか改めて振り返っておこうと思います。というのも最近、「次にリーマン・ショックのような大暴落が起こったら、そこで全力買いだぜ」といった意見が若い投資家の間で散見されるからです。はっきり言いますが、本物の経済危機というのは、とても「全力買い」ができるほど甘いものではありません。

2008年といえば、私は今の勤務先に入って3年目でした。29歳までフリーター生活をしていて貯金もほとんどなかった状態から、ようやく人並みの貯金ができるようになったころです。当時、まだインデックス投資については知らず、祖父から譲られた電力株を保有しているだけでしたが、そろそろ余裕資金もできたということで、自分でも個別株投資を始めようとしていたことを覚えています。そんなときに、リーマン・ショックが起こります。

それから世界の株式は大きな下落を続けるわけですが、私はそこで投資への意識がまったく頭から消え失せました。なぜなら勤務先が経営危機となり、投資どころかサラリーマン生活自体が危機に瀕したからです。勤務先は2009年度に大幅な赤字決算となり、10年度も収支トントンを維持するのがやっと。私が勤めているような中小零細企業は利益剰余金の積み上げがほとんど無いなどバランスシートに余裕がありませんから、大きな赤字を計上すると、すぐに実質債務超過となります。すると銀行は貸し渋り・貸し剥がしに動く。キャッシュ・フローも行き詰り、まさに倒産の危機です。

ついに当時の社長が全従業員を会議室に集め、従業員と労働組合に対して給与の一律10%カットと諸手当の廃止・減額を要請します。労組を通じての交渉は紛糾しましたが、会社の財務内容が公開され、私たちには賃下げを受け入れるか、倒産するかしか選択肢がないことを知ります。結局、賃下げを受け入れました(このときに会社を辞めた人もいましたが、やはり不景気の中での再就職には苦労していました)。そして、給与だけでなくボーナスもほぼなくなります。大幅な収入減少に直面しました。

実際にこういう状況になると、投資のことなどほとんど頭に浮かびません。それよりも日々の家計のキャッシュ・フローをどうやって維持するのか。そこで私が取り組んだのは家計の徹底的な棚卸でした。それまでなんとなく加入していた医療保険や、使っていなかった年会費が必要なクレジットカードなどを軒並み解約します。結局、賃金カットは2012年まで続き、ボーナスがリーマン・ショック以前の水準に回復したのは、なんと17年でした。これが中小零細企業の実態です。

ちなみに私の場合、リーマン・ショックと同様に大きな打撃を受けたのが2011年の東日本大震災と、それによる福島第一原発事故でした。これにより日本中の原子力発電所が運転停止となり、電力会社の収益も大幅に悪化。私が保有していた電力株はもう一段の暴落となり、評価損益は一時マイナス78%に達します。そこで改めて国際分散投資の重要性を思い知ることになる。そんなときにインデックス投資の存在を知り、実際に2013年からインデックスファンドの積み立て投資をスタートさせます。ただ、これはまた別の話となります。

だから、リーマン・ショックのような本物の経済危機を知らない若い投資家が「次に暴落したら全力買いだぜ」みたいなことを口走るのを見ると、なんとも奇妙な気分になる。現実はそれほど甘くないからです。そもそも経済危機になると投資ができなくなるのは、下落が怖くなるからではありません。収入減などに見舞われて余裕資金がなくなり、投資したくてもできなくなるのが実態です。そして大幅な収入減に見舞われれば、自動的にリスク許容度も低下しますから、投資額が少なくなったり、あるいは一時的に投資を止めてしまうのも自然なことなのです。そこで「全力買い」をするというのは、ある意味でリスク過剰になっている。なにしろ経済危機からの回復というは、実際の家計のレベルでは株価の回復以上に時間がかかるものだからです。

こうした経験から分かることは二つです。ひとつは、たとえ正常な経済情勢下でもリスク許容度一杯までの投資はお勧めできないということ。そういうノリシロの無い投資は、経済危機が起こると継続できなくなります。投資額を減らしたり、あるいは一時的に投資を止めることになる。すると、それがきっかけとなって本当に市場から退場してしまう場合だって少なくありません。なので、あくまで余裕資金で、しかも自動積み立てや給料からの天引きになどの仕組みを作っておくことが極めて有効になります。

もうひとつは、やはり生活防衛資金の重要性です。生活防衛資金がどれくらい必要なのかは生活費2カ月分から2年分まで諸説ありますが、私はどれだけ多くても多すぎるということはないと思う。実際に私の場合、賃金カットは2年間に及びましたし、ボーナスが回復するまで10年近くかかっている。そういう現実を踏まえると、どれほど投資効率が悪化しようが、生活を維持しながら安心して投資を継続できるだけの無リスク資産を持つことはとても大切なことです(そもそもプロと違って、個人投資家は投資効率なんかにこだわる必要はない)。

リーマン・ショックから10年を経て、世界の経済は劇的な回復を果たしました。それは資本主義経済というもの底力を見せつけ、それこそ得体のしれない怖さすら感じさせます。そして、投資を継続していた人には素晴らしいリターンをもたらしてくれたのも、この10年間です。一方、10年にわたって右肩上がりの相場が続き、私自身も含めて本物の経済危機の恐ろしさというものを忘れがちになっている。そういう自戒も含めて、リーマン・ショックで経験して感じたことを改てめて書き留めておきます。

【ご参考】
同じようなことを感じたブロガーさんもかなりいるようで、相互リンクいただいているブログでもリーマン・ショックを振り返る記事がいくつか見つかりました。いずれも非常に参考になるので、あわせて参照してみてください。

リーマン・ショックから10年。当時の振り返りと投資方針について考えたこと(投信で手堅くlay-up!)
リーマンショックから10年。あの時を思い出す。(【L】米国株投資実践日記)
リーマンショックを改めて思い出してみる。管理人の暴落体験記。(氷河期ブログ)

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