2018年6月17日

『世界一ラクなお金の増やし方 インデックス投資はじめました』―資産形成・運用を“生活化”した先達の貴重な証言



インデックス投資ブロガー界の“仙人”ことNightWalkerさんの初の単著である『世界一ラクなお金の増やし方 インデックス投資はじめました』が刊行されました。これはなかなか貴重な本です。近年、日本でも普通の庶民が普通に資産形成・運用を日常生活の中に組み込むことが求められるようになっていますが、そういった資産形成・運用の“生活化”に成功した先達による貴重な証言だからです。

著者のNightWalkerさんはインデックス投資ブロガーとしては最古参の1人であり、既にサラリーマン生活から引退し、アーリーリタイア生活に入っています。まずこの点が極めて貴重です。日本で個人投資家が本格的なインデックス投資を実践できるようになったのはたかだかこの20年ほどのことですから、Nightwalkerさんはインデックス投資で資産形成し、リタイア後はその資産を運用しながら生活することに成功した日本での最初の世代だからです。

そういった意味で、まさにNightWalkerさんしか書けないと思わせる内容のひとつが第3章「「長期投資に出遅れナシ」っていうコレだけの理由」。よく投資には資金投入のタイミングが重要だと言われるのですが、実際は最適な投資タイミングというのはなかなか分からない。逆に長期投資をしていれば、例えば20年の間に必ず「買い場」が2、3回は訪れるわけです。だから長期の積み立て投資の場合、積み立てを止めない限りは、必ずどこかで最適な投資タイミングを経験できる。これは実際に長期の積み立て投資を実践してきた人でしか書けないことです。結局、「買い場」がいつなのかというのは事後的にしか分からないのであり、それをNightWalkerさんは「過ぎ去りし青春の日々みたいなもの」と言っていますが、これは至言です。

だから、積み立て投資を開始するタイミングは常に「今」しかないのですが、そこには社会・経済情勢の変化という要素も存在することを指摘しているのも重要でしょう。なぜここきて個人型確定拠出年金(iDeCo)の拡充や「つみたてNISA」制度の創設など国が優遇税制措置を取ってまで国民の資産形成を後押ししているのか。それは、日本の老後に向けた社会保障制度が、従来以上に自助努力に重きを置いた制度にせざるを得なくなっているという厳しい現実があることを直視している。結果的に日本でも「投資が普通の時代」にならざるを得ないわけです。

そして、そういう国のメッセージをいち早く読み取った人は、既に資産形成・運用に真剣に取り組むようになっています。その動きは静かに進んでいるのですが、著者は「「となりの人」は始めていても言わないだけ」と書いています。こういう生活者の機微を踏まえた分析もまた本書の鋭いところです。ちなみに、ここでマーケティング論にあるイノベーター理論を取り上げ、現在の日本での国際分散型インデックス投資は「アーリーアダプター」段階から「アーリーマジョリティ」段階への移行期にあるというのが著者の見立てですが、こうした現状分析は私もまったく同感です。

では、資産形成・運用を普通の生活の中に組み込むとはどういうことなのか。それが語られる第4章~第7章も本書の魅力的な部分です。しかし、あまりに理論ばったことばかりを書かないとことが著者の心憎いところで、あくまで普通の生活者が理解すべき最低限のポイントとして資本主義や株式市場の仕組み、複利効果、分散投資の必要性、リスク管理の方法などを網羅的に紹介している。しかも、たんに薄味にしただけではありません。かなり高度な内容もかみ砕いて解説していて、これはなかなか名人芸の世界。これこそが市民の“教養”としての資産形成・運用の知識です。

アーリーリタイア後の資産運用の実際についても貴重な内容が含まれています。とくにリタイアを判断するときの資産の見積もり方などは実際にリタイアした人しか書けません。老後の収入に関して過剰に悲観的な見積もりをするのではなく、公的年金など現状の制度をしっかりと踏まえた上で計算しているところも素晴らしい。こういう実戦的な手ほどきは、えてして“ハルマゲドン老後論”が横行する投資マーケティング業界の悪弊に対する毒消しです。インデックス投資や長期積み立て投資には、いつも「出口戦略がない」という批判が存在しますが、そういった反論を軽くいなしてしまう「ユルい出口戦略」は見事でしょう(老後はETF中心のポートフォリオにして分配金で日常のキャッシュフローを改善するという方法も紹介されていますが、これは私も大賛成。なにも無理に資産を取り崩す必要などないのです)。

本書では徹頭徹尾、普通の生活者が日常生活の中に資産形成・運用を組み込むコツが記されているわけですが、決して生活者のレベルを低く見て記述内容のレベルを下げるようなことはしていない。それは、NightWalkerさん自身が強靭な“生活者”としての意識を持っているからに他ならないからでしょう。その意味でも著者は資産形成・運用を“生活化”することに成功した先達であり、そのアドバイスは後生にとって尊いのです。恐らくこういった“生活化”された資産形成・運用が普通の庶民の間でも当たり前になることこそが(国の狙いも含めて)日本が目指すべき姿なのだと思います。

最後に、本書のもっとも魅力的な部分を紹介しておきます。それは「はじめに」の部分。サラリーマンだった著者が上司に呼び出され、リストラを宣告される場面です。普通であれば悲惨な場面なのですが、NightWalkerさんはここでじつに明るく、軽やかでいられた。なぜリストラされても前向きでいられたのか。それこそ資産形成・運用の最大の成果です。そもそも人生の目的はお金を増やすことではありません。健康で幸せな生活をおくることこそ人生の究極目標のはず。ところがリストラされるとなぜ悲愴になるのか。それはサラリーマンのほとんどが多かれ少なかれ勤務先に依存しているからにほかなりません。しかし、そこから自立したときに初めて新しい世界が見えてくるのです。それはたぶん、サラリーマンという立場を超えた本当の意味での「生活者」あるいは「市民」としての視線です。なぜ資産形成・運用が必要なのか。それは日本人が自立した「生活者」「市民」になるための重要なツールだからと言える。そういったことを教えてくれる点でも、やはり本書は先達による貴重な証言だと思うのです。

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