2018年3月22日

なぜ日本人は景気回復を実感できないのか



先日、日本経済の需給ギャップがプラスに転じたことで景気回復も進んでいるいるという記事を書きました。実際に経済指標を見ると明らかに景気は回復基調にあるのですが、あいかわらず世の中は「景気回復の実感がない」「消費は低迷したままだ」という声が溢れています。なぜ日本人は景気回復を実感できないのでしょうか。なぜ消費が回復しないのでしょうか。この疑問に対して、非常に示唆に富むレポートがニッセイ基礎研究所から出ています。

日本経済のジレンマ~消費主導の景気回復は実現しない?(ニッセイ基礎研究所)

米国と比較して日本人が景気回復を実感できない理由は、配当収入など「その他所得」が少ないからなのです。なんとなくそうだろうなと思っていましたが、こうやって丁寧に分析されると、改めていろいろと考えされられます。

レポートによると、日本ではそもそも消費主導の景気回復が起こったことなどほとんどないそうです。GDP統計が明らかになっている1955年以降、景気回復局面で個人消費の伸び率が実質DGP成長率を上回ったことは一度もありません。つまり、庶民からすればいつも「景気回復を実感できない」状態が続いているわけです。

一方、米国では景気回復と消費回復が両立するケースが多い。米国の景気回復局面は1950年以降では今回が10回目だそうですが、そのうち4回は個人消費の伸びが実質GDP成長率を上回っています。なぜ日本と米国でこれほど違いがあるのか。そこで、実質GDPと実質個人消費の伸び率の乖離を丁寧に要因分解したところが、このレポートの面白い点です。結果、実質個人消費の伸び率と実質GDP成長率の乖離は以下の4要素に分解されます。

①労働分配率
②その他所得
③消費性向
④交易条件

これを基に1980年以降の景気回復期における実質個人消費の伸び率と実質GDP成長率の差とその要因分解の結果を示した表が以下のようになります(出典:ニッセイ基礎研究所「Weeklyエコノミスト・レター」2018―01―12)。



個人消費と実質GDPの伸び率の差は日本がマイナス0.9%、米国がマイナス0.3%。やはり圧倒的に日本の方が消費が下方乖離している。なぜそうなるのか要因を見てみると、非常に興味深いことが分かります。

両国で差があるのは「その他所得」「消費性向」「交易条件」です。このうち、「交易条件」に関しては米国がドルという基軸通貨国であるのに対して、日本は景気回復局面で円安になりやすく、それが輸入品価格上昇につながるので消費にマイナスに作用するという構造的な問題。逆に消費性向については日本がプラスの作用しているのですが、これも高齢化による貯蓄率の低下(消費性向の上昇)という人口動態面からの構造要因が大きく影響している可能性が高いと分析しています。

やはり最大の注目は「その他所得」でしょう。米国がプラス0.3%に対して日本はマイナス0.5%。その差は実に0.8ポイントです。これこそが 米国が景気回復局面で消費も回復するのに対して、日本ではそうならない大きな要因に思えます。そして「その他所得」とは財産所得、社会給付・負担、税負担であり、レポートでは次のように指摘しています。
米国では景気回復期には企業収益の改善に伴う配当収入の増加や金利上昇に伴う利子所得の増加が可処分所得の押し上げに寄与する傾向があるのに対し、日本では家計の株式保有比率が低いことから配当増の恩恵が小さく、超低金利の長期化で利子所得の増加がほとんど見込めない。このため、景気回復期に可処分所得の伸びが雇用者報酬の伸びを下回る傾向がより顕著になっている。
「ああ、やっぱりな」という感想を禁じえません。なぜ日本人が景気回復を実感できないのか。それは、株式などへの投資が少ないからからなのです(もちろん年金給付の引き下げや社会保険料の引き上げも大きな要因であるのはレポートも指摘する通りです)。そして、実際に日本でも株式に投資している人は、現在の景気回復を明らかに実感しています。日本では株式投資への偏見が強いので、実際に投資している人はそのことをあまり声高に話さないため、目立たないだけです。

ここまで分かれば、どうすれば景気回復を実感できるのかも明瞭でしょう。労働分配率の低下は日本だけでなく産業構造の変化に伴う世界的な傾向ですし、交易条件は非基軸通貨国が抱える構造的問題ですから個人では対処の方法がありません。残された方法は「その他所得」を増やすこと。やはり、ある程度は家計の中で株式などを保有しておくしかなさそうです。金利収入の増加があればいいのですが、現在の金融抑圧ともいえる金融緩和政策の下では、それは望めませんし、日本の財政事情を考えると、当局が今後も金利上昇を簡単に許容するとは思えないからです。

さらに言うと、この程度の分析は当然ながら政府もやっているに違いないということです。ここに政府が盛んに国民に対して投資を促進する理由もあるのでしょう。景気回復を具体的なものとして実現し、消費拡大につなげるには、国民の「その他所得」を増やすしかない。なぜなら「交易条件」と「消費性向」は構造的要因ですから、政府といえども簡単に変化を及ぼすことができない。できるのは国民の投資を促進し「その他所得」を増やすことだけです。一般NISAや「つみたてNISA」の創設、個人型確定拠出年金(iDeCo)加入対象者拡大などの政策も、突き詰めるとそういった国家のグランドデザインの中での動きなのでしょう。

これが良いことなのか悪いことなのかは分かりません。しかし「投資している人だけが景気回復の恩恵を得ることができる」というのは冷徹な現実です。そういう厳しい時代に私たちは生きている。だとするならば、少なくともそういった現実を直視し、どうすべきかを各人が考えるしかない。「景気回復が実感できない」といって不平不満を言っているだけでは、この厳しい時代を生き延びることはできないのではないでしょうか。

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