2017年7月31日

株式の短期売買はマイナスサム・ゲーム



私は資産運用の考え方についていろいろな人から影響を受けているわけですが、とくに大きな影響を受けた専門家の一人が岡本和久さんです。岡本さんの本を読むといろいろと勉強になるのですが、最近とくに興味深かったのは、「株式の短期売買はマイナスサム・ゲーム」という指摘です。これは“なるほど”と感心しました。そして、なぜ株式投資においてバイ&ホールドによる長期投資が王道とされるのかという理由もよく分かるのです。

なぜ株式の短期売買がマイナスサム・ゲームになるのか。これは岡本さんがいろいろな著書の中で繰り返し述べていることですが、実際の企業価値というのは時間をかけて成長するものであり、短期的な株価の変動は企業価値とは関係が無いという考え方があります。だから、短期売買というのは基本的に投資家同士が資金をやり取りしているだけのゼロサム・ゲームであり、そこに金融機関が徴収する売買手数料が発生する以上、マイナスサム・ゲームであるというシビアな考え方があるのです。

これは一見するとちょっとわかりにくい考え方ですが、例えば最近刊行された共著『投資の鉄人』では、次のようなモデルを紹介して説明しています。
Aさんが900円で買った株をBさんに1000円で売ったとしよう。Aさんは100円儲かります。Bさんは翌日、それをCさんに1100円で売ると、100円儲かります。Cさんはさらに翌日、それをDさんに1200円で売れば、Cさんも100円儲かります。そしてDさんもEさんに1300円で売れば、Dさんも100円の儲けとなります。この4回の取引で100円ずつ設けた人が4人できたわけです。
しかし、もしAさんがおじいさん、Bさんがお父さん、Cさんがお母さん、Dさんが息子、Eさんが娘だったとしたら、この家族全体でいったいいくら儲けがあったのでしょう。家族全体で見れば、1銭も儲かっていません。
文章だけだと分かりにくいので、このモデルにおける資金フローを図示すると以下のようになります。

現金(取引前)株式購入額株式売却額現金(取引後)キャッシュフロー
Aさん90090010001000100
Bさん1000100011001100100
Cさん1100110012001200100
Dさん1200120013001300100
Eさん130013000-1300
合計5500550046004600-900

AさんからEさんまでがひとつの家族だとすると、株式購入前の保有現金の合計が5500円。購入後の保有現金は4600円。キャッシュフローではマイナス900円。つまり、最初にAさんが株を900円で買った状態から何も変化していないのです。Aさん、Bさん、Cさん、Dさんは株式売買によって100円ずつ儲けましたが、それは家族の中でお金をやり取りしただけで、家族全体では1銭も儲かっていないという驚きの結果です。これが株式の短期売買は"ゼロサム・ゲーム"だという意味です。

しかし実際は、ゼロサム・ゲームですらありません。なぜなら実際の株式投資では、売買のたびに証券会社に支払う手数料が発生するからです。だから現実は、短期売買を繰り返せば繰り返すほどキャッシュフローのマイナスが最初に株式を購入した金額以上に大きくなっていく。これこそまさに短期売買が"マイナスサム・ゲーム"であるという冷徹な現実です。

こうした現実を踏まえて、岡本さんは次のように指摘しています。
ここで、もし、世界中の市場に参加しているすべての投資家が1つのファミリーだと考えたらどうでしょう。投資家全体で見れば利益は発生しておらず、単に株の所有者が変わっただけです。火星人でもやってきて高値で買い取ってくれれば地球人の投資家全体では儲けが出るでしょう。しかし、それはありえません。
実際は、株主が次々に変わるたびに、証券会社は手数料を稼ぐことになります。要するに、投資家全体で見れば売買で利益は発生していないのです。現実には投資家が投じた資産の一部が証券会社に手数料として流出しますから、トータルで見れば投資家の採算はマイナスということなのです。株式市場とはそのような場所です。

では長期投資なら違うのか。岡本さんは違うと言います。なぜなら「企業の実体価値が時間とともに増加するのであれば、株価も実体価値を反映して上昇」するから。この点に関して『投資の鉄人』では詳しく述べられていないので、私なりの解釈を紹介しましょう。企業の実体価値を表すものこそ、「配当」と企業が保有する「資産」にほかなりません。

企業は日々の営利活動によってゆっくりと利潤を積み重ねていきます。そして資産を拡大していく。これが企業の成長です。そして利潤の一部を株主に対して配当として支払う。この時に初めて投資家全体で見ても株式投資による利益が具現化するのです。さきほどの家族の例なら、株式を保有しているEさんに配当金100円が支払われたらどうなるか想像してください。Eさんの株式購入後の保有現金が100円となり、家族全体のキャッシュフローのマイナスは900円から800円に減少します。この時初めて家族全体での資産は純粋に増加したことになる。これこそが株式投資による純粋な収益です。

あるいは企業が資産を拡大し、内部留保も大きくなったとします。そこで株主還元として自社株買いをする。Eさんが持っている株式を企業が1400円で買い取ればどうなるか。やはりこの家族の資産は純粋に100円増加する。企業は投資家ではありませんから、これは火星人が株式を買い取ってくれるのと同じことです。投資家全体で見ても純粋な利益が発生したと言えるのです。

そして、配当や自社株買いを可能にするような企業の成長はゆっくりと実現します。だから、株式投資における純粋な利益は、長期投資でしか獲得できない。株式の短期売買がマイナスサム・ゲームでしかないのに対して、長期保有はプラスサム・ゲームとなる可能性を常に含むのです。これこそが長期投資が株式投資の王道である所以なのです。そして、「配当」というものが投資家にとっていかに大切なものかということもわかるでしょう。

もちろん株式市場の懐は深いですから、短期売買がダメと言っているのではありません。そこには流動性を提供するという大切な役割もあります。ただ、なぜ資産形成・運用を目的とした投資では長期投資が重視されるのかということを、ときには大きな視点から原理原則に基づいて理解することがとても大切に思えるのです。岡本さんの本を読むと、いつもそんなことに気づかされます。

注:今回紹介した内容に対して「その理屈はおかしい」という批判もあるでしょう。いちばん簡単な批判は「そもそも、投資家全体は家族ではない」という考え方です。そして、短期売買で自分以外の投資家が損をしていたとしても自分には関係ないという考え方も成り立ちます。それはそれでひとつの見識ですから否定しません。ただ私個人としては、そういった殺伐とした世界に身を置きたくないので、あえて長期投資という方法を選択し、プラスサム・ゲームを楽しんでいるのです。

【ご参考】
岡本和久さんの著書は、今回紹介した『投資の鉄人』のほかに、『公的・企業年金運用会社の元社長が教える波乱相場を〈黄金のシナリオ〉に変える資産運用法 かんたんすぎてすみません。』もおススメです。ブログでも紹介しました。

「投資の鉄人」トークイベントに参加しました―生活者としての常識を鍛えよう
『公的・企業年金運用会社の元社長が教える波乱相場を〈黄金のシナリオ〉に変える資産運用法 かんたんすぎてすみません。』―これから投資を始めようとする人は必読

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