2017年2月7日

個人マネーの2つの流れ―証券業界で静かに進む地殻変動



日経新聞の記事によると、個人マネーが株式市場から急速に流出しているそうです。

野村株 独歩高の死角 個人資金流出、兜町に春遠く(「日本経済新聞」電子版)

トランプ相場で株価が上昇したにもかかわらず、「結果として、個人が塩漬け株を売却する絶好の機会になっている。「やれやれの売り注文」が殺到する一方、個人マネーの新たな流入は乏しい状況が続く」ということです。記事で指摘されているように投資資金の流出は「投資家の高齢化も進み、資金流出は構造的な問題の可能性がある」というのは、まさにその通りでしょう。一方、やや趣を異にする発表もありました。SBI証券がネット証券で初めて預かり資産残高が10兆円を突破したそうです。

2017年3月期第3四半期決算プレゼンテーション資料(SBIホールディングス)※24ページ参照

この2つのニュースは、日本の証券業界で静かに進む地殻変動を象徴しているのかもしれません。個人マネーの2つのの流れが明瞭になってきたような気がするのです。

日本はバブル崩壊以後、30年に渡って株価が低迷するという世界でも希有な状態を続けてきたせいで、個人投資家が長期的な株価成長に自信を持てない状態が続いています。とくにバブル期に高値掴みしたまま塩漬けした株を持っている人は今や高齢者ですから、少しでも株価が上昇すると「やれやれ売り」が殺到するというのは当然のことでしょう。

そもそも高齢者は投資期間に限りがあるので大きなリスクも取れませんし、リスク資産を取り崩す段階に入っています。日本の場合、株式などリスク資産の保有者は圧倒的に高齢者が多いわけですから、なにもなくても日本株市場には売り圧力がかかるのです。特に大手から中堅まで従来型の対面型証券会社は、顧客に占める高齢者の割合が高い。だから、日経新聞の記事が指摘するように「資金流出は構造的な問題」です。

従来型の対面型証券会社が資金流出に苦しむ一方、ネット専業証券であるSBI証券の預かり資産残高が10兆円を超えたというのは、ひとつの象徴的な出来事です。まだまだ絶対額で大手証券と比較すれば小さな額ですが、それでも預かり資産が順調に拡大しているというのは重要なポイントです。そして、ネット証券の性格上、新たに資金を投じているのは恐らく若者や壮年層に違いありません。

いま、日本の個人マネーには2つの流れがあるのです。証券市場から急速に流出する高齢者の巨大な資金と、細々だけどコツコツ絶え間なくに流入する若者・壮年層の資金。そして、若者・壮年層の資金が向かっているのがSBI証券に代表されるようなネット証券なのでしょう。

なぜネット証券が支持されるのか。オンライン取引というテクノロジー上の利便性はもちろんですが、やはりビジネスモデルが異なる。ネット証券もFXや信用取引、高コストな投資信託、詐欺的ともいえるEB債といったエグイ商品を熱心に販売している点は対面型証券会社と変わりませんが、同時に低廉な売買手数料、ノーロードを中心とした低コストな投資信託の販売にも力を入れている。そして、預かり資産残高の増加に貢献しているのは、あきらかに後者であり、これこそ対面型証券に欠けているものです。

自分のことを言うわけではありませんが、現在の30代・40代というのは“失われた20年”の中で経済的に徹底的にシゴキ抜かれた世代です。そういう世代にとって投資とは、安易な気持ちで行うものではない。もっと切実な“将来の生活防衛”という側面すらある。そういった鍛えの入った世代だからこそ、投資について真剣に吟味するし、研究もする。これこそ低コストで良心的な商品も用意しているなネット証券に資金が集まる理由です。

こうした動きは、証券業界に静かな地殻変動を起こします。なぜなら、個人マネーの2つの流れは、その先行きが対照的だからです。巨大な高齢者の資金はいずれ尽きる。そして細々でも継続的な若者・壮年層の資金はやがて大きなものに成長している。死にゆく顧客と、成長する顧客。証券会社がどちらを重視するべきかは明確なはずです。

そう考えると、日経新聞の記事で紹介されている金融庁の姿勢というのは、証券業界に対して親心溢れるものなのです。
金融庁は昨年末、金融業に顧客本位の業務運営を求める報告書をまとめた。低コストの長期投資により、「国民の安定的な資産形成を実現すべきだ」と結論づけた。
もはや日本の証券業界にとって持続的な収益の機会は、金融庁が指摘する「低コストの長期投資」に向けた資金を集めることにしかない。恐らく今後、こういった至極真っ当な個人投資家のニーズに正面から対応する証券会社だけが生き残ることができるのでしょう。少なくとも金融庁の親身な助言に対して「ますます稼げない現実」(地場証券の首脳)などと泣き言をもらしているような金融機関に明るい未来がないことだけは確実です。

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