注目の米大統領選挙は、事前の予想を覆してドナルド・トランプ氏が当選しました。文字通り“トランプ・ショック”となったわけで、9日の日経平均株価は一時1000円を超える下落に見舞われました。だから言ったでしょ、選挙は箱を開けるまでわからんと。ただ、相場のことよりも気になったのは、なぜメディアがあれほど叩き、多くの有識者も批判したトランプ氏が当選したのかということです。グローバリズムやエリート層に対する庶民の反発といった説明がなされ、あたかもトランプ氏が反動的候補のように記述されることが多いわけですが、それは浅い見方だと思う。なぜなら、そもそもトランプ氏が保守派だと思っている人は、事態の本質を根本的に見誤っていると思えるからです。
トランプ氏は選挙活動を通じて移民排斥、女性蔑視、イスラムへの偏見、マイノリティー軽視などの過激発言を繰り返してきました。こうした言動から多くの既存メディアや有識者は彼を単なる保守反動政治家と思い込んでしまった。そこに大きな見落としがあったのです。経済政策の面では、従来の共和党候補とは明らかに異なる一種の“リベラルさ”があったことに気づいていなかった。じつは、そこにこそ“トランプ現象”が熱狂をもって支持された秘密があるのです。
こうしたトランプ現象の本質を的確に分析したのが国際政治学者の三浦瑠麗氏です。
「トランプ大統領」誕生(山猫日記)
これはよくできた分析で、私が感じていたことをほぼ言い尽くしてくれています。とくに重要なのが、トランプ現象の本質を次のような指摘したことです。
トランプ現象とは、その本質において、保守的なレトリックで中道の経済政策を語ることなのです。それによって、伝統的な共和党支持層を取り込みつつ、新しい有権者の獲得に成功したわけです。辻褄が合わないところも、一貫性がないところもあるけれど、保守的なのはレトリックであって政策ではありません。エリートのほとんどは、この点をいまだに理解していません。トランプ氏について、移民排斥、女性蔑視、イスラム恐怖症、マイノリティー軽視などの過激発言が注目されてきましたが、トランプ氏は同時に、高齢者福祉は不可侵であり、公共事業の大盤振る舞い、一部の投資所得への増税を公約しています。これは、「小さな政府」が金科玉条の従来型の共和党候補から出てきません。トランプ現象を、白人貧困層の不満の捌け口に過ぎないと切り捨ててきたエリートは、この点は見誤っているのです。事実、トランプは白人中上位層からも幅広い支持を得ています。だから今後、トランプ氏が保守反動的な政権運営を行うと予想するのは想像力が貧困です。これは日本でも同様なのですが、左翼も右翼も既存勢力は一種の脳硬化症を起こしていて、旧来の対立軸でしか物事を理解できなくなっている。そういう人には、トランプ氏のような保守的なレトリックで中道的な政策を語ることの意味が分からない。じつは日本ではすでに同じ現象が起こっているともいえる。例えば安倍首相は保守的な思想の持ち主だけれども、実行している政策は恐ろしくリベラルです。バカなサヨクが「アベ政治」などと書いて批判するのは、米国の既存のリベラル層がトランプ現象を理解できなかったのと同じ症状なのです。
だから、やはりトランプ政権で米国経済がダメになるという発想も考えが浅い。実際に経済政策の面では、ヒラリー・クリントン氏よりもトランプ氏の方が支持されていた面があります。三浦氏も次のように指摘しています。
雇用改善を最優先する立場からNAFTAやTPPを攻撃し保護主義的な立場を取っています。経済がグローバル化している中で、貿易政策で逆コースを取ることの実現可能性には疑問があるでしょうが、法人税を15%へと大胆に引き下げるインパクトは絶大でしょう。米国企業が海外に滞留させている資金を一回限り10%の法人税で還流させる政策は米国経済を空前の好景気へと導くのではないでしょうか。忘れてはならないのは、米国経済に厳しい面はあるものの21世紀のリーディング産業におけるリーディングカンパニーはほとんどが米国系企業であるということです。これらは、米国民からすれば極めて合理的な政策です。こうした可能性は大いにあると思う。そして、この観点を敷衍すれば、巷に流布する「トランプ政権でドル安・円高が急速に進む」という予想も、じつに浅はかなものだということに気づきます。米国経済が盛り上がり、海外に滞留していた米国企業の資金が国内に還流すればどうなるか。それは膨大なドル需要を生み出すでしょう。通貨も一つの商品ですから、需要が増加すれば必ず価格上昇圧力となる。あらゆる商品相場で、需給バランスにまさる材料はありません。だから、思いのほかドル高となる可能性があるのでは。十分にありえるストーリーです。投資家も、このあたりの観点は常に頭に入れておくことが必要でしょう。
いずれにしても、物事の本質というのは複雑なものです。だから、常に頭を柔らかくして見なければならない。一方的な決めつけや思い込みは、投資に限らず人生を誤るもとになる。今回の“トランプ・ショック”は、それをよくよく教えてくれる出来事といえそうです。