2017年1月から改正確定拠出年金法が施行され、個人型確定拠出年金(個人型DC、愛称:iDeCo)の加入対象者が大幅に拡大されます。このためiDeCoに対する関心も高まっており、法改正に対応した解説書も相次いで登場しました。そんな中、iDeCoの有効性について早くから指摘していた竹川美奈子さんによる解説書、『一番やさしい! 一番くわしい! 個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)活用入門』がこのほど刊行されました。個人型DCに特化した解説書としては、非常に丁寧な本に仕上がっています。とくに類書では簡単な記述に終始することの多い給付時の詳細や注意点について詳しく解説している点は特筆すべきポイントです。iDeCoの利点とされる“節税効果”について、あくまで給付時に退職所得控除や公的年金等控除が適用される範囲内のことであって、正確には「課税繰り延べ」効果であるとしっかり指摘していることは、やたらとiDeCoによる節税効果ばかりを強調する百凡の解説書とは一線を画しています。そもそもiDeCoは、退職金が無いもしくは少なく、公的年金も少額になるケースが多い自営業者・フリーランス、そして中小零細企業のサラリーマンのために用意された老後格差是正のための制度です。そういう制度の根本理念を踏まえた上で、本当にiDeCoが必要な人に向けて書かれているという意味で、極めて誠実な入門書なのです。
個人型確定拠出年金は、かなり以前からある制度ですが、なかなか普及してきませんでした。その要因は、制度が極めて複雑だったことに加え、運営管理機関である金融機関にとってあまり儲かる商品ではなかったことから、消費者に対する訴求がほとんど行われてこなかったからです。金融機関は、さんざん年金不安を煽っておきながら、iDeCoを薦めるよりも高コストな投資信託や保険商品を薦めることで高額の手数料収入を得てきたのです。
そうした問題に一石を投じたのが、竹川さんの旧著、『金融機関がぜったい教えたくない 年利15%でふやす資産運用術』でした。この本によって個人型DCの存在と有効性を知り、実際に加入に踏み切った人も少なくないでしょう。かく言う私もその一人です。本書は、そんな竹川さんが旧著の実践部分を大幅にバージョンアップさせたものであり、法改正による制度変更点も踏まえてiDeCoの仕組みや利点について詳細されています。本文の重要な点にはカラーマーキングされ、豊富な図解は、初めてiDeCoについて勉強しようと思う人にとって最適な解説書です。iDeCoは運営間機関である金融機関によって手数料や商品ラインアップがまったく異なるので、どの金融機関を選択するのかも重要なポイントですが、ここでもSBI証券、楽天証券、野村證券、りそな銀行のプランを具体的な商品も含めて紹介しており、具体的かつ誠実なのです。
さらに本書の特色が、類書ではあまり詳しく書かれていない「給付」の問題にしっかりと紙面を割いていることです。一般的にiDeCoは掛金全額が所得控除されるので節税効果が大きいとされるのですが、それだけを指摘するのは不誠実です。なぜならiDeCoの節税効果というのは、給付時に退職所得控除や公的年金等控除が適用されて初めて具現化するものだから。それどころか、給付時の控除枠を超えた分に対しては、利益ではなく給付額そのものに累進課税される点を本書はきちんと指摘しています。だから、iDeCoの節税効果とは、正確には「課税繰り延べ」効果にすぎないのです(もっとも税務戦略において課税繰り延べというのは極めて重要な戦略です)。この点については、私もブログでかねがね主張してきたのですが、本書でもその点が詳説されていることが素晴らしい。
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だから本書の「第5章 運用してきたお金をどう受け取るか」は必読。ここでは、一時金で受け取って退職所得控除を使う場合や、年金で受け取って公的年金等控除を使う場合それぞれでかなり詳細なシミュレーションを行っており、非常に参考になる。また、複数の退職所得の受け取り時期をずらすことで控除枠の最大化を図る方法にまで言及されおり、これも非常に勉強になりました。この点は加入者の属性によって極めて個別的な問題となりますので最適解はありません。竹川さんも次のように結論しています。
個人型DCの給付については、こうすれば正解とは一概にいえません。加入期間や受け取る金額、ほかに受け取る退職金があるかなどによって、事情が異なるからです。そのため、その人にとっての全体最適を考えることが重要になります。だから、なにより大事なのは各人が自分の受け取る退職所得や年金等所得の内容をしっかりと把握しておくことです。この部分についても明確な指摘がなされおり、チェックリストの作成例が図解されているのが親切。
こうした大原則を踏まえた上で、竹川さんはどういった人がiDeCoを活用するべきかという論点に入るのですが、この部分も非常に誠実な回答がなされています。すなわち、iDeCoを活用すべきは①国民年金の第1号被保険者②勤務先に企業年金や企業型DCのない会社員―であるとしていること。つまり退職金が無かったり少ない、そして年金給付額も少ない人こそiDeCoを積極的に活用するべきだとしている。これは極めて重要な指摘です。一方、DBのある大企業の人や公務員は給付時の所得控除の枠が足らず、それほど大きな節税メリットは享受できない可能性を指摘しています。また、専業主婦・主夫については拠出時の課税繰り延べ効果がないので、メリットは限定的であり、だからこそ手数料負担などの気をつける必要性を指摘しています。
この部分がなぜ素晴らしいのかというと、竹川さんはiDeCo制度の根本理念を明確に意識しているからです。すなわち、iDeCoとは、あくまで小規模自営業者や中小零細企業のサラリーマンといった老後の社会保障が貧困な国民に対して用意されている制度だということです。日本の社会保障制度の問題の一つに、現役時代の所得格差が老後に拡大再生産されるという点があります。現役時代に高収入を得ていた大企業のサラリーマンは、老後も高額の退職金をもらい、高額の企業年金をもらうケースが多い。これに対して中小零細企業のサラリーマンは退職金が少なく、年金も現役時代の報酬比例ですから少なくなりがち。小規模自営業者にいたっては退職金もなく、年金も国民年金だけということになる。こういう老後格差を自助努力で克服するために用意されているのがiDeCoなのです。だからこそ国もかなりの優遇税制を認めておきながら、高額の退職金や年金を受け取る人がiDeCoに加入しても、大きな節税効果を給付時に得られない仕組みになっているのです。
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その意味で本書は、そもそもiDeCoを活用すべきはどん人なのかまで明確にした上で、制度の詳細を解説している。これは重要なことです。ここにきて金融機関もようやくiDeCoの普及に力を入れ始めました。背景にはマイナス金利による収益力の低下や、金融庁が高コストな投資信託や保険商品の販売に目を光らせ始めたことがあります。いまや金融機関にとってiDeCoは“儲からない商品”とは言っていられなくなった。逆に少額でも安定して手数料収入が得られる商品とさえなっています。このため、改めてiDeCoの優位性をアピールするケースも少なくありません。しかし、個人にとってiDeCoは“儲かる”から加入する制度ではありません。あくまで自助努力によって老後に向けた資産形成を支援する制度です。言い換えると、すべての人にとってiDeCoは有利な制度ではないのです。
だから、iDeCoに関心を持った人にとって竹川さんの今回の著書は、極めて役に立つ本でしょう。そもそも自分にとってiDeCoが必要なのかどうかという根本的な問題を考える機会になるからです。iDeCoに関心のある人、加入を検討している人は、ぜひ一読すをお勧めします。そして、既に加入している人も、給付時の税務戦略を考える上でとても参考になるでしょう。
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