世界最大級のETF運用会社といえば、「iShares」シリーズを展開する米国のブラックロックです。そのブラックロックが、主力ETFであるiSharesコア・S&P500 ETF(IVV)とiShares・コアUSアグリゲート・ボンドETF(AGG)の経費率(信託報酬に相当)を引き下げるそうです。その背景が、なかなか興味深い。年金運用を管轄する労働省のフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)に関するルールが2017年4月から変更されることが理由だそうです。
世界最大級のETFが運用報酬の値引き競争 新ルールで(ETF GateWay)
さすが米国は立派だ。これは日本の行政も大いに見習って欲しいところです。
報道によると、ブラックロックはIVVの経費率を従来の0.07%から0.04%へ、AGGの経費率は0.08%から0.05%へ引き下げます。これにより例えばIVVはバンガードS&P500ETF(VOO)の経費率0.05%よりも低コストな商品となります。
なぜ米国でにわかに低コスト競争が過熱したのかという理由を報道は次のようにまとめています。
来年4月から労働省はフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)に関するルールを強化します。米国では従業員退職所得保障法(エリサ法)によって年金運用に関して金融機関や運用関係者がフィデューシャリーデューティーを遵守することが義務付けられています。その法律運用のルールがより厳格化される。こうなると米国は訴訟社会ですから、運用関係者は受益者からフィデューシャリーデューティーを遵守していないとして訴えられるリスクを避けなければなりません。そこで「最も費用比率の低いETFを推奨しました……ということが、ひとつの免罪符になる」。
具体的には、これまでは「個人投資家に適した(suitable)アドバイスをしなければいけない」というルールでしたが、今後は「個人投資家の利害を最大限に優先し、利害相反を退けなければいけない」という表現になりました。
なお労働省の管轄は、年金(401kを含む)などの投資対象になります。
するとフィナンシャル・アドバイザーが401kの資産運用の相談に乗る場合、「個人投資家の利害を最大限に優先している」ということを示す具体的な証拠として、最も費用比率の低いETFを推奨しました……ということが、ひとつの免罪符になるというわけです。
これは言い換えると、新ルールの下では経費率が高い商品は金融機関やファイナンシャル・アドバイザーから受益者に対して推奨・提案されなくなる可能性があるということ。だからブラックロックも慌てて主力商品の経費率を引き下げて、フィデューシャリー・デューティーに関する新ルールの下でも年金運用で採用されることを狙ったわけです。恐らくバンガードやステート・ストリートなど他の大手運用会社も同じことを考えているでしょうから、来年4月に向けて米国のETFやインデックスファンドは低コスト競争が加速する可能性があります。
こういう動きが顕在化する米国は、さすがだと思いました。ETFやインデックスファンドというのはトラッキングエラーなどを無視すれば、基本的に同じベンチマークに連動する商品は、同じリターン・リスクとなります。だから労働省の新ルールは、より低コストの商品こそが、フィデューシャリー・デューティーに則った商品であり、それを年金加入者に提案することがフィデューシャリー・デューティーを遵守することであると明確に指摘したわけです。
厚労省もフィデューシャリー・デューティーに則ったiDeCo制度運営を
こうした考え方は、ぜひとも日本の行政当局にも見習って欲しい。金融庁は近年、フィデューシャリー・デューティーの考え方を前面に押し出して金融機関を監督しています。では、確定拠出年金を管轄する厚生労働省はどうでしょうか。この点に関して、厚労省の年金局企業年金国民年金基金課長のインタビューに興味深い発言があります。
厚生労働省、「iDeCo」普及は走りながら環境整備し「自分でつくる年金」の理解と利用を促す(モーニングスター)
インタビューの中で青山桂子課長は、来年1月から加入対象者が拡大される個人型確定拠出年金(iDeCo)の制度運営や規制に関して次のように話しています。
法令では、運営管理機関は加入者に対し、忠実、かつ、中立な立場でサービスを提供することが求められているので、規制緩和をするのであれば、忠実性や中立性が担保できることをセットにして考えていかなければならい。なぜこの発言が重要なのかというと、来年4月から施行される改正確定拠出年金法では、少し気になる規定が盛り込まれているからです。それは政令によって「運用商品数の上限の規定」を設けるとしていること(いわずもがなですが、加入者からすれば選択肢は多い方が良いに決まっている。だから個人的にはこの規定には大反対です)。運用商品数の上限が定められた場合、既にそれを超える商品数をラインアップしている運営管理機関は、どういった基準でラインアップに残す商品と外す商品を決めるべきかという問題につながるからです。この点に関して、安房さんが極めて重要な指摘をしています。
たとえば、近年「フィデューシャリー・デューティ」が金融機関に強く意識されているが、フィデューシャリー・デューティと、運営管理機関に求められる忠実・中立性は同じ方向を向いている。金融庁ともよく連携し、合理的な規制になるように検討していきたい。
SBIの個人型DCに低コストインデックスファンド追加。朗報だけど後始末はどうなるんだろう?(海舟の中で資産設計を ver2.0)
ここでは既に50本以上の運用商品をラインアップしているSBI証券のiDeCoプランが例に挙がっていますが、まさに運用商品数の上限が制限された場合、どういった基準でラインアップを整理するのかでフィデューシャリー・デューティーが問われるべきです。米国の労働省がしたようなフィデューシャリー・デューティーに関する厳格なルールを日本でも適用するべきなのです。
つまり、少なくともインデックスファンドに関して、ラインアップから外されるべきはコストの高い商品からであり、各資産カテゴリーとも最もコストの低い商品はラインアップに残さなければならないということ。仮にコストの高いインデックスファンドをラインアップに残し、コストの低いインデックスファンドがラインアップから外されるようなことがあれば、それは明確にフィデューシャリー・デューティーに反していると加入者は運営管理機関を批判するべきだし、厚労省もそれを許してはいけないのです。それが厚労省として年金運用に関するフィデューシャリー・デューティーを重視するということのはずです。
だから、iDeCoの普及のためにも厚労省にはぜひとも米国の労働省の動きを注視し、研究して欲しい。そして運営管理機関も、インデックスファンドについては最もコストの低い商品を加入者に提案することこそがフィデューシャリー・デューティーを遵守することなのだということを深く認識して欲しいのです。