イエール大学のロバート・シラー教授といえば、米国の不動産市況を判断する重要な指標であるS&Pケース・シラー住宅価格指数の生みの親であり、インフレの影響を加味した株価評価指標「CAPEレシオ」の開発者として知られます。『投機バブル 根拠なき熱狂―アメリカ株式市場、暴落の必然』で米国のITバブル崩壊やサブプライム危機に警鐘を鳴らし、2013年にはノーベル経済学賞を受賞しました。そのシラー教授のインタビューが「日経マネー」2016年10月号に掲載されています。また、抜粋が日経新聞にも掲載されました。
なじみない資産に分散投資を シラー教授に聞く(「日本経済新聞」電子版)
これが非常に面白い。シラー教授は現在の世界的な低金利の要因として、技術革命によって将来の不安に駆られた人々が国債に殺到した結果だと解釈しています。そして、そうした世界では「あまりなじみのない投資をしなければならない」と、できるだけ多くの異なる資産に分散投資する必要性を指摘しています。
現在、世界的に債券価格が高止まりし、歴史的な低金利となっていますが、シラー教授は世界的な低金利は長期化する可能性があると指摘しています。なぜなら、その背景には急速なITの発展による社会の変化と、そこで人々が漠然と感じている不安があるとして次のように述べています。
コンピューター、インターネット、ロボット……。これらは世界を驚異的なスピードで変え続けている。まさに革命だ。技術革命がもたらす新しい世界では、どの企業が成功するか分からない。個人にとっても、どの職業が安泰なのか分からない。新しい世界では、格差が深刻化するかもしれない。一握りの人だけが大きな成功を手にする。今の低金利は、この状態を反映して起きている。人々は不安に駆られ、安全とされる国債の購入に殺到した。その結果、国債の価格は上昇し、利回りが消滅してしまった。こうした“どの企業が成功するのか分からない”“どの職業(業種)が安泰なのか分からない”時代は、これまで以上に幅広い分散投資が必要になり、とくにPER(株価収益率)が現在も低位に止まっている新興国株式や、かつてほど高PERの状態にはない日本株にも分散投資することを勧めています。
このような世界では、あまりなじみのない投資をしなければならない。とはいえ、利回りのない国債を買う必要は必ずしもない。かつてほど高くなくても利息の付く資産はまだ存在するからだ。例えば、PER(株価収益率)の低い国の株だ。新興国の株式市場のPERは相対的に低い。欧州も低めだ。日本株については確たることは言えない。かつてはPERが非常に高かった。20年前に比べればだいぶ低くなったが、まだ高い。それでも分散投資として日本株を買うのは理にかなっていよう。私は新興国へ投資が好きなので、シラー教授の指摘に大いに勇気づけられました。未来の不確実性がますます大きくなる時代だからこそ、とにかく幅広い資産に分散投資するしか資産を守る道はないのです。
ちなみに、不安定な時代だからこそデリバティブ取引やヘッジファンドに投資することが有効という考え方もあります。「日経マネー」のインタビューでは、この点に関してもシラー教授に質問しているのですが、その答えがなかなか痛快でした。
ヘッジファンドに投資するのも一理あるかもしれないが、手数料が高すぎる。私自身は投資したことはないし、これからもしないだろう。ノーベル経済学賞を与えられた経済学者が、投資手法や金融商品に関して理論以前に「手数料が高い」という理由でダメ出しするというのは、さすが米国の運用業界は懐が深いし、経済学者も実践的です。日本の講壇経済学と大違いでしょう。シラー教授は講演などでもよく金融商品についても言及するのですが、とにかく「手数料の高い商品はお薦めしない」という姿勢が一貫していて、とても信頼感があります。
ちなみに分散投資の一環として不動産投資の有効性についても質問されているのですが、これについてもシラー教授はバッサリです。
不動産投資は複雑だ。値上がりによる売却益を期待しても、大した利益は得られない。不動産投資は、何らかの事業の一環ではないとうまくいかない。つまり、分散投資の重要性は強調するけれども、それは普通の金融商品による分散投資で十分だということです。不動産など実物投資には純粋な投資とは異なり、事業としての観点が必要だという常識的な判断です。不動産価格分析の世界的権威であるシラー教授のこの指摘は、安易に不動産投資を考えている人はよくよく認識しなければならないでしょう。
いずれにしても先行きが不透明な時代だからこそ、ノーベル賞学者もごく普通の分散投資の重要性を指摘しているわけです。それは常識論だけれども、健全な常識を決して忘れないところにシラー教授の学問の信頼性の源泉があるような気がします。そういう意味でも「日経マネー」に掲載されたインタビューは御馳走でした。
【追記】
「日経マネー」2016年10月号は、シラー教授のインタビューのほかに「低コスト投信最新カタログ」が特集されていてなかなか面白かったです。じつは私もその中の「個人投資家に聞いた 低コスト投信活用術」というコーナーで紹介いただきました。
【関連記事】
低コストアクティブファンドの活用法―「日経マネー」2016年10月号で紹介されました
【ご参考】
ロバート・シラー教授の著書は日本でもいくつか翻訳が出ています。なかでも個人的に非常に好感を持って読んだのが『それでも金融はすばらしい: 人類最強の発明で世界の難問を解く』です。日本だけでなく世界的に金融肥大化に対する批判があるわけですが、それでも金融には社会的公平・公正を実現するための力があることを真面目に熱く語る本です。こういうリベラリズムを私は支持します。