このほど金融庁が「平成27事務年度 金融レポート」を発表しました。
平成27事務年度 金融レポート(金融庁)
平成27事務年度 金融レポートの主なポイント(同)
ここ数年、非常に精力的な活動が目立つ金融庁ですが、今回の金融レポートの内容も一読してちょっと驚きました。現在の日本の金融・運用業界の問題点・課題と対応策を微に入り細に入り分析しています。日本の金融機関が将来的に収益確保が困難になる危険性を孕んでいることを指摘しつつ、その対応策として「顧客本位の業務運営を通じて、資産規模をコントロールしつつ、国民の安定的な資産形成に資する良質な金融商品の販売等を進めることは、金融機関自らのより安定的な収益基盤の構築にもつながる」と強調しています。そして、国民に対して投資教育の必要性を指摘し、さらに資産形成のための国際分散投資の普及の必要性を示唆する内容になっています。そのために金融庁自身の改革の必要性にまで踏み込み、従来の「金融処分庁」から「金融育成庁」への転換を目指すと宣言しました。まったくもって立派なレポートだと感心。金融機関にとって必読の文献であると同時に、国民にとっても一読の価値がある文書となっています。
ここ数年、毎年発表される金融レポートは非常に読み応えのある内容になっています。レポートでは世界的な低金利の下で銀行など金融機関の収益基盤が弱まっていることを指摘した上で、金融機関の本質である金融仲介業務のさらなる高度化を求めています。例えば中小企業に対するきめ細やかな融資と経営指導・コンサルティング機能の提供などです。
さらに「活力ある資本市場と安定的な資産形成の実現、市場の公正性・透明性の確保」と題して「国民の安定的な資産形成の促進」の必要性を指摘しています。じつは今回のレポートの特徴は、この部分にあるといえそうです。というのも、従来の金融レポートが基本的に金融機関に向けて書かれていたのに対し、今回のレポートのこの部分は、ある意味で国民に向けて書かれているともいえるからです。
金融庁も勧める「長期・積立・分散投資」による資産形成
レポートでは日本国民の金融資産の構成比率を他の先進国と比較し、株式・投資信託などリスク商品の比率が低く、これが日本人の家計所得の伸びが他の先進国の家計所得の伸びに劣後する要因になっていると指摘しています。そして金融資産の保有は高齢者に偏重する一方、勤労世代の資産形成の進展度合いにバラツキがあることを問題視して、次のように記述しています。
高齢化が進む中でいかに老後の資産を形成するか、また、勤労世代の資産形成をいかに行っていくかが重要な課題である。公的年金等にも自ずと財政的な制約がある中では、勤労世帯の自助努力を促し、安定的な資産形成を進めることを実現していくことが重要であると考えられる。こうした課題に対処するために金融庁が進めているのが「長期・積立・分散投資」です。ここからは百凡の投資入門書を凌ぐ丁寧さで長期的な国際分散投資の有効性を紹介しているのですが、こうしたことが普及するためには国民の金融リテラシーを高めるための教育とNISA制度の改革など政策的な後押しが必要だと明言しました。
さらにレポートの迫力が増すのが、「金融機関の顧客本位の業務運営を巡る課題と今後の対応策」という部分です。国民の資産形成を実現するためには、金融機関が本当に顧客本位な金融商品やサービスを提供することが欠かせないのですが、現実にはそれができていないとして、現在の金融機関の営業方針を強烈に批判する。ここでは毎月分配型投信、ラップ口座、貯蓄性保険などについて検証していますが、はっきり言って全否定に近い評価がなされており、次のように結論付けています。
金融機関においては、短期的な利益を優先させるあまり、顧客の 安定的な資産形成に資する業務運営が行われているとは必ずしも言えない状況にある。また、顧客は金融機関が販売する商品のリスクがどこにあるかが分かりづらい、といった「情報の非対称性」も存在している。
良質な金融商品・サービスが金融機関の安定的な収益基盤になる
ここで金融庁の意図が明確になります。現在の金利状況では、金融機関は従来のような国債や日銀預け金による運用では収益の確保が難しくなる。だからこそ顧客に対して良質な金融商品・サービスを販売・提供することが安定的な収益基盤になりうるということです。
国民の安定的な資産形成を促進していく観点からは、金融機関において、顧客のニーズや利益に真に適うサービスや良質な商品の提供等、顧客本位の業務運営が行われることが 重要である。このことは、顧客の満足度の向上につながり、金融機関自身の安定的な収益基盤の構築にもつながると考えられる。これこそが金融庁が金融機関に求めているフィデューシャリー・デューティーの意味です。なにも金融庁は金融機関に対して顧客に無償の奉仕をせよとは言っていない。逆に「顧客のニーズや利益に真に適うサービスや良質な商品等」を販売・提供することで、堂々と儲けろといっているわけです。
顧客との間にある情報に非対称性を利用してぼったくり商品を販売してきた金融機関は、この金融庁の指摘を真摯に受け止めるべきでしょう。金融庁の指摘は徹頭徹尾、正論であって、反論の余地はないはずです。だからこそ、今後もぼったくりを続ける金融機関に対しては厳しい姿勢で臨むことを示唆する次のような記述があるのです。
金融庁としては、金融機関に対し、真に顧客のためになる行動をより一層促すために、金融審議会の場でフィデューシャリー・デューティーに関する議論を開始しており、今後、更に検 討を深めていく。
目指すべき金融の姿と金融庁自身の改革
レポートを読むと、金融行政の在り方が抜本的に変わろうとしていることがよく分かります。いま金融庁が目指している金融の姿とは、次のようなものです。
「顧客との共通価値の創造」に根ざしたビジネスモデルの確立- 金融機関は、顧客ニーズにあった良質なサービスや金融商品を提供し、企業の生産性向上や国民の資産形成の拡充を後押しする。金融機関自身も、企業や国民資産の成長を通じて持続的な収益を確保し、成長していく、といった姿の実現を目指すべきではないか。これを実現するために金融庁自身の改革にまで踏み込もうとしている。検査・監督の在り方を抜本的に変えることで、金融行政の在り方を根本的に変えてしまう。「規制の形式的な遵守(ミニマム・スタンダード)のチェックから、実質的に良質な金融サービスの提供(ベスト・プラクティス)に重点を置いたモニタリング」「過去の一時点の健全性の確認より、将来に向けたビジネスモデルの持続可能性等に重点を 置いたモニタリング」「特定の個別問題への対応に集中するより、真に重要な問題への対応ができているか等に重点を置いたモニタリング」に重点を移そうとしているわけです。
まさに金融庁は従来のような「金融処分庁」から、企業や国民資産の成長を通じて「国益への貢献」を追求する「金融育成庁」へと転換しようとしているのです。今回のレポートは、そういう金融庁の覚悟がほとばしるような素晴らしい内容でした。この金融庁の覚悟に対して、金融機関と国民がどのように応えていくのかが問われているような気がします。ぜひ一読することをお薦めします。
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