先日、ピクテ投信投資顧問の低コストアクティブファンド、iTrust世界株式について受益者として少しばかり疑問点を指摘しました(iTrust世界株式の月報は内容がまったく不十分だー参考指数のデータを記載しなさい)。そこでブログでも書いたように受益者限定の情報発信サイト「iInfo」に用意されている専用メールアドレスを使って直接問い合わせてみました。すると2回に分けてじつに丁寧で詳細な返信メールがありました。月報に参考指数の騰落率も記載することも要望したのですが、これも5月次の月報から実行してくれるするそうです。受益者の要望に素早く応えるピクテ投信投資顧問の誠実な姿勢が素晴らしい。受益者との直接対話を重視し、その声に応えようとしているところにピクテ投信投資顧問とiTrustシリーズの本気度を感じました。
今回、iInfoを通じてピクテ投信に問い合わせたのは以下の点です。
1.特設サイトに参考指数としてMSCI世界株価指数(ネット配当込み)とあるのは、MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス(MSCI ACWI)なのか、MSCIワールド・インデックスのどちらなのか。
2.特設サイトでは「インデックス(参考指数)を上回る収益の獲得を目指します」とあるが、交付目論見書にはファンドの目的として「ファンドは、信託財産の成長を図ることを目的として積極的な運用を行うことを基本とします」とだけあり、参考指数に関する記述がないのはなぜか。また、ベンチマークを設定していないのはなぜか。
3.月報には運用成績としてファンドの騰落率だけが記載されているが、なぜ参考指数の騰落率を併記しないのか。
すると、翌日には返信が。まず1つ目の質問に関しては、マザーファンドの参考指数はMSCIワールド・インデックス(ネット配当込み)であるとのこと。その上で残りの質問については問題を社内で共有し、改善方法などを決めた上で改めて回答したいとの答えでした。そして2日後、かなり長文の返信があり、iTrust世界株式がベンチマークを設定していない理由を説明してくれました。それは「ベンチマークに縛られない運用を行うため」というものです。
ベンチマークに縛られないためにベンチマークを設定しないとは?
ピクテ投信からの回答によると、ベンチマークを設定したアクティブ運用の問題は「ベンチマークとして設定する指数の構成銘柄とその比率に投資成果が大きく依存してしまいがち」ということです。このためiTrust世界株式は「運用プロセスには特定の指数の構成比率は一切考慮に入れない」ようにするためにベンチマークを設定しないとか。なぜなら「指数構成比率を変更することでベンチマークに設定した指数を上回るか、全く別のアプローチで独自の哲学に基づいてポートフォリオを構築してその結果を参考指数と比べるか、というのはややこしいですが性質の異なるものであり、当ファンドは後者」だからだそうです。これには「なるほど」と思いました。
ピクテ投信の説明を私なりに解釈すると、こういうことです。アクティブファンドがベンチマークを上回る運用成績を目指す場合、おもに二つのアプローチがあります。ひとつはベンチマークたる指数を構成する銘柄から、より値上がりが期待できる銘柄を抽出して、これをオーバーウエイトすることでベンチマークを上回ろうとする方法。もうひとつは、ベンチマークたる指数に含まれていない銘柄にまで投資対象を広げ、ベンチマークを超えることを目指す方法です。前者の場合、投資対象銘柄(投資ユニバース)は、ある程度ベンチマークにした指数の構成銘柄を考慮する必要があります。一方で後者の場合、そもそもベンチマークとの比較に整合性が失われてしまう。
例えばTOPIXをベンチマークとするアクティブファンドがあったとします。もしこのファンドがTOPIXに含まれない新興銘柄を積極的に組入れ、その結果としてTOPIXを大きくアウトパフォームしたけれども、マザーズ指数やジャスダック指数からは大きくアンダーパフォームしたとする。それは市場平均を上回ったと言えるでしょうか。あるいはTOPIXをベンチマークとしながら、日経平均組入れ銘柄ばかりでポートフォリオを構成し、TOPIXは上回り続けているけど、日経平均には負け続けているアクティブファンドがあれば、やはりそれは市場平均を上回ったといえるのでしょうか。
つまり、ベンチマークを設定する以上は銘柄選択の前提となる投資ユニバースもベンチマークにある程度は整合しないと比較の意味をなさない。それはアクティブファンドの強みである“自由な銘柄選択”を束縛することになる。だから最近では、ベンチマークを設定しないアクティブファンドが増えているのだそうです。複数の指数構成銘柄に投資するのだから、複合指数をベンチマークに採用すればいいという考え方もあるのですが、アクティブファンドは原則として構成銘柄の組み入れ比率は日々変動させることが可能ですから、ベンチマークにするための複合指数を算定することは現実的には不可能です。
iTrust世界株式の場合、MSCI ACWIに含まれる約2400銘柄を投資ユニバースとして、豊富な資金力、優れた開発力、価格競争力、ブランド力、マーケティング力の5つの力を全て持ち合わせた高い競争優位性をもつグローバル優良企業60~80銘柄を厳選して投資します。しかし、MSCI ACWIとiTrust世界株式のポートフォリオの間には銘柄数で大きな乖離が生じているし、「この運用プロセスには特定の指数の構成比率は一切考慮に入っていません」と私への返信で明言しています。実際に投資している銘柄のほとんどはMSCIワールド・インデックスの構成銘柄であり、新興国銘柄は味付け程度。これでMSCI ACWIをベンチマークとするのは、やはり整合性を欠くというのがピクテ投信の言い分のようです。
厳密な意味で「市場平均」とインデックスは異なる
ベンチマークに束縛されない運用を行うためにベンチマークを設定しないとして、では受益者は運用の優劣をどのように評価すればいいのかという問題が生じます。やはり「市場平均」との比較が必要になります。しかし、「市場平均」を表すインデックスはいろいろありますから、なにをもって「市場平均」とするかは投資家によって様々。だからこそ、あくまで「参考指数」として、もっとも一般的なインデックスを紹介するしかない。iTrust世界株式の場合、参考指数としてMSCIワールド・インデックスが採用されています。MSCI ACWIよりもMSCIワールド・インデックスの方が「市場の代表性・知名度・登場頻度などの点」で優位性があるからだそうです。その上で「あくまでも参考指数ですので、それぞれの方が別の指数を「市場平均」としてこのファンドのパフォーマンスの良し悪しを判断することを否定するものではありません」とメールにはありました。
ようするに、iTrust世界株式はアクティブファンドとして世界株式の「市場平均」を上回る運用成績を目指している。しかし「市場平均」を表すインデックスは様々あるので、もっとも代表的な世界株式インデックスであるMSCIワールド・インデックス(配当込み)を参考指数として設定した。これを上回るためにMSCIワールド・インデックスの組入れ銘柄や構成比率は一切考慮せずに投資ユニバースもMSCI ACWI組入れ銘柄まで広げている。だからMSCIワールド・インデックスもあくまで参考指数であり、別のインデックスを「市場平均」として比較してもらってもぜんぜんかまわないし、それによって運用の巧拙を評価されてもかまわない。もし、参考指数以外のインデックスと比較して「このファンドはダメだ」と判断する投資家がいても構わないし、そう考える投資家にはファンドを買っていただかなくても結構ということでしょう。これは非常に清々しい姿勢だと感じました。
こうしたピクテ投信の説明に対して、疑問を感じる人もいることでしょう。しかし、厳密な意味での「市場平均」とインデックスは異なるということを理解しておくことは重要なことです。インデックスもしょせんは組入れ銘柄の平均に過ぎず、組入れ銘柄の選定に一定のルールがあります。もし、本物の市場平均を表す株式インデックスがあるとするなら、それは自由に売買されている株式すべてを組み込んだインデックスとなるわけですが、いまのところそういったものはありません。また、そういったインデックスがあるとしても、こんどは非上場銘柄にまで投資ユニバースを広げるアクティブ運用に対してはベンチマークとして整合性を失うでしょう。だからこそ、あくまで「参考指数」であるという妥協が必要なのです。ベンチマークではなく参考指数を設定するアクティブファンドがあってもいいし、ベンチマークがないからといって全否定するのも、いささか心が狭い。そもそも世の中が完璧でないように、ファンドによってはベンチマークの設定に完璧な整合性を持たせること自体が難しい面もあるのですから。
アクティブファンドに必要なのは受益者との対話だ
結局、アクティブファンドに対する評価というのは、運用の巧拙は当然だけれども、同時に受益者がどれだけ納得も得心もしているかということも非常に大きい。そして受益者の納得と得心は、ファンドとの対話から生まれます。日本の多くのアクティブファンドがダメなのは、こういった対話がまったく不十分であり、運用のあり方に対する説明責任を十分に果たしていないから。その癖に高い信託報酬を取るから批判されるのです。やらずボッタクリは非難されて当然ではないですか。
その意味で、今回の私の問い合わせに対するピクテ投信の回答姿勢を高く評価します。実際に説明を受けてはじめてベンチマークを設定しない理由や参考指数の意味について深く考えることができました。そして納得も得心もできたわけです。さらに、ピクテ投信は具体的な行動も起こしました。すでにiTrust世界株式の特設サイトは、「1.パフォーマンス」の部分がより具体的な内容に変更されています。サイトの中で「参考・参照/指数・指標・インデックス」などの表現が混在して誤解を招きやすかった点も修正されました。また、5月次の月報から参考指数であるMSCIワールド・インデックス(配当込)の騰落率もファンドの騰落率と併記するように変更すると明言してくれました。もともと運用報告書には参考指数の騰落率を併記する予定だったそうですが、同じ性格を持つ月報にも記載するべきだったと素直に認めているのです。
そして、サイトの記載内容変更や月報への参考指数データを記載するように変更できたことに関してメールでは「今回、お客様から貴重なご質問・ご意見を頂戴したことがきっかけとなって(特設サイトの)記載内容を修正できることとなりました。まずはご報告と合わせて御礼申し上げます」「(月報の内容追加も)お客さまからのご意見・ご質問がきっかけとなり、変更をすることができました。この点につきましても、ご報告と御礼を申し上げます」と丁寧に受益者に対する感謝の言葉を述べている。言葉だけでなく、具体的な行動を伴ってです。こういう姿勢が、受益者の声に真摯に応えるということです。この点をもってしても、iTrustとピクテ投信は個人投資家に対して真面目に正対しようとしている。これは、大いに評価すべきことです。
今回のやり取りを通じて、やはりピクテ投信は本気なのだと感じました。iTrustという商品を通じて、本気で個人投資家と真摯に向き合う商品を作ろうとしている。そのために個人投資家にも機関投資家と同じ情報提供を行い、受益者の声にも耳を傾け、行動しようとしている。受益者と運用会社が、きちんと対話できるファンドを目指しているのでしょう。それは意義あることです。そして受益者もまた、ファンドに対して積極的に要望を伝えるべきだということが分かります。そういう対話が生まれることこそ、アクティブファンドがアクティブファンドとしての魅力を発揮する場だと思えるのです。そして、アクティブファンドに求められるのは運用成績だけでなく、受益者にとの対話であり、そこでの誠実さ、真摯さです。そこにも信託報酬の合理性の源泉があるはずだからです。