2016年5月7日

畏るべきかな、森信親金融庁長官―「静的な規制から動的な監督へ」講演は必読



最近、金融庁の動きが活発です。2014年に発表した「金融モニタリング基本方針」、そして15年の「金融行政方針」と立て続けに金融監督行政のあり方を根本的に変えるような方針を発表してきました。とくにフィデューシャリーデューティーという概念を導入することで、従来の金融機関の姿勢を抜本的に改革することを目指す姿勢が強烈です。こうした動きを主導しているのが森信親金融庁長官だといわれています。異色の実力派官僚であり、あの辛口で知られる森本紀行さんも、その見識をべた褒めしているほど。

森金融庁長官の熱き思いに金融界も熱く応えよ(「森本紀行はこう見る」)

森本さんも指摘していますが、ここにきて森長官自身がが様々な場所で、その考え方を披歴するようになったのですが、いくつか読んでみて驚きました。森長官は、本気で日本の金融業界のあり方を変えようとしているように感じるからです。まさに畏るべきかなという印象さえ持ってしまいました。

現在の金融庁は、フィデューシャリーデューティー(受託者責任)を規範に、真に受益者の利益に資する業務を行うこと金融機関に求めています。例えば従来の投資信託の販売手法や手数料水準が、はたして真に受益者の利益に資する合理性を持っているかを金融機関自身が自己規範に基づいて吟味・批判することを求めているわけです。こうした考え方を、森長官自身も明瞭に語っていました。

日本証券アナリスト協会 第7回国際セミナー「資産運用における新しいパラダイム」における森金融庁長官基調講演(平成28年4月7日)(金融庁)
第31回国際スワップデリバティブ協会(ISDA)年次総会における森金融庁長官基調講演(平成28年4月13日)(参考仮訳)(同)

これらの発言は、極めて重要なものであり、一読して驚嘆を禁じえませんでした。森本さんが絶賛するように、森長官は日本の金融・運用業界の問題点をじつに的確かつ具体的に指摘した上で、根源的な地点から今後の金融行政のあり方について語っているからです。

例えば日本証券アナリスト協会国際セミナーでの講演では、次のような発言が登場します。
これまで資産運用会社は投資信託の製造においても「お客様のためになる商品」より「系列の親会社が販売しやすく手数料を稼ぎやすい親会社のためになる商品」を作ってきていなかったでしょうか?
資産運用会社の幹部には、運用に関する知識・経験よりむしろ販売会社を頂点とするグループ全体の人事サイクルを重視した任用が行なわれてこなかったでしょうか?
よい成績をあげる優秀な運用者を正当に処遇してきたでしょうか?適切なリスクをとるインセンティブ構造が作り上げられてきたでしょうか?
スチュワードシップ・コードに基づく企業に対するエンゲージメントが系列親会社の当該企業とのビジネス関係により歪められていないでしょうか?そうした利益相反を防止するようなガバナンスが構築されているでしょうか?
私はこれまで、販売会社が系列の投資信託会社の作った投資信託を勧めたり、ラップ口座で運用を系列の資産運用会社が行うなどの囲い込みのような行動が、顧客のBest interestのために行動していると言えるか、といった問題意識をずっと持ってきましたが、欧米でも同様の問題意識が議論されていることを知り、勇気付けられました。
また最近、外貨建て変額保険商品の販売に関し、顧客に明示されることなく、6~7%の手数料が商品を提供する保険会社から販売会社に支払われていることが、はたして顧客のBest interestになっていると言えるか、と問題提起を行いました。
こういう状況が、はたしてフィデューシャリーデューティーに適うのかどうかを森長官は金融機関に対して問うているわけです。しかも、こういった問題の克服を従来のような規制ではなく、金融機関自身による変革を後押しすることで実現しようとしている。それが国際スワップデリバティブ協会基調講演で提唱された「静的な規制から動的な監督へ」という考え方だといえるでしょう。

「静的な規制から動的な監督へ」というテーゼには、極めて高度な理論が込められています。この講演録を読むと、例えばフィデューシャリーデューティーの確立も、たんに消費者保護的な些末な発想ではないということが分かります。それは「顧客と共に価値を創造できる事業戦略」を実行せよという意味です。そして、それこそ金融市場や経済の構成要素である「リスクテイク」「収益」「自己資本」をバランスさせるひとつの力だということです。3つの構成要素がバランスしたときに、持続可能な金融システムが成立する。そのために「顧客と共に価値を創造できる事業戦略」と「リスク管理」「資本政策」を有機的に結合させることが最終的な目的となっているのです。

金融や投資にかかわる人は、こういった森長官の発言をよく理解する必要があると思う。それは個人投資家も同じです。とくに「静的な規制から動的な監督へ」講演は、必読ではないでしょうか。いま金融庁がしようとしていることは、じつに骨太な思想、論理的背景があるのです。まさに、畏るべきかな、森金融庁長官と思ってしまいました。ちなみに霞が関ウオッチャーによると、森長官は米連邦準備制度理事会のジャネット・イエレン議長に直接電話で話すことができる数少ない日本人のひとりだとか。異色の大物長官の動きから今後も目が離せません。
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