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2016年5月22日

『長期投資のワナ』ー長期投資やインデックス投資に夢中な人の毒気を抜いてくれる1冊



セゾン投信の中野晴啓社長の新著、『長期投資のワナ ~ほったらかし投資では儲かりっこない』は、なかなか衝撃的なタイトルです。しかし、本書には投資について極めて重要な真理、すなわち「長期投資とは何か」あるいは「インデックス投資とは何か」ということに対する中野社長の真摯な思いが綴られていました。おそらく長期投資やインデックス投資を始めたばかりの人は、いろいろな本やブログを読んだりして「長期投資は素晴らしい」「インデックス投資は最高!」と思っている人も少なくないでしょう。それは誰もが通る道です。しかし、長期投資やインデックス投資を勧める入門書やブログには、まさに入門ゆえの「方便」が含まれています。方便は真理に至るために不可欠な手段ですが、拘泥すれば道を誤る。本書は、長期投資やインデックス投資を推奨する「方便」から一歩道を進め、より本質的な投資の考え方への道筋を示してくれています。長期投資やインデックス投資に夢中になった人から毒気を抜いてくれる1冊だといえるでしょう。

最近では個人投資家の間でも「長期投資」という言葉が当たり前に使われるようになりました。ただ、長期投資の本当の意味を理解している人はまだ少ないと中野社長は指摘しています。それどころか最近では「長期投資」という言葉が、一種の免罪符として乱用されているという危機感が中野社長にはあるようです。本書の「まえがき」で次のように記しています。
多くの個人投資家は長期投資の考え方を誤解したままです。さらには、金融機関はそうした誤解を前提にして、エセ長期投資ビジネスを行い、それが跋扈することを私は懸念しているのです。このような背景が、本書を執筆しようと私を駆り立てたモチベーションになっています。
これは実際に起こっていることでしょう。銀行や証券会社は、ひどい金融商品を売りつけた後、損失を抱えて不安を訴える顧客をなだめる常套句が「長期的な視点で考えましょう」です。しかし、ひどい金融商品を持っていれば、長期的にも損するのは分かりきった話でしょう。これは個別株でも同じで、企業価値の低い会社の株価は、いつまでたっても上がりません。

投資とは、投資対象の根源的価値に対する合理的判断を基にしたものです。だから中野社長は、企業の根源的価値が失われ、その回復の見込みがない場合は、その企業の株は売らなければならないと指摘しています(例えば東京電力の株など)。逆に根源的な価値と無関係に株価が異常な上昇となった場合も、やはり売るべきとも。これがプロの仕事だと強調しています。だから、長期投資といえども個別株の売買が必要なのです。

一方、投資信託は「持ちっぱなしが大原則」だと指摘しています。なぜなら、投資信託の基準価額は株価とまったく異なるものであり、ファンドの規模を表す数字だから。そして、売買はファンドマネージャーが行っています。受益者は文字通りファンドマネージャーに売買の判断を「信託」している。だから投資信託の基準価額から割高・割安を判断することは、根本的に誤っていることを厳しく指摘しています。

長期投資においても個別株は売買するものであり、そこにこそ株価形成のメカニズムがあるということが分かれば、「インデックス投資とは何かと」いうもうひとつの問題にも気づくことができます。中野社長は「インデックス運用vsアクティブ運用」という議論は不毛だと断言します。インデックスの数字はアクティブ運用の総和ですから、アクティブ運用がなければ、インデックス運用は存在すらできない。もし市場がすべてインデックス運用になると、株価と企業価値の乖離は無限大となる可能性があり、流動性もゼロになる可能性がある。それは「市場の死」です。
基本的にインデックス運用とアクティブ運用は対立軸をなすものではありません。アクティブ運用が存在していないと、インデックス運用は成り立たないという点において、インデックス運用はアクティブ運用の存在があればこその補完的なものなのです。
だから中野社長は「インデックスの気持ち悪さ」についても語る。こういう感覚は、インデックス投資家にとってもとても大切だと思う。投資に本来不可欠な根源的価値への判断をアクティブ投資に依存するインデックス投資は、つねに存在の正当性を問われるということです。その葛藤の中にこそ、インデックス投資の真実の意義がある。安易にアクティブ運用を批判するような底の浅い考え方とは認識のレベルが異なるのです。

投資信託のコストの問題についても重要な認識を示しています。中野社長は「コスト競争の欺瞞を理解しよう」と看破します。たしかにインデックスファンドの低コスト化が劇的に進みました。しかし、極めて低コストなファンドを設定している運用会社が、一方では極めて高コストなファンドをも設定しているというのは何を意味するのでしょうか。それこそ低コストファンドは「客寄せパンダ」に過ぎずないのかもしれないではないか。そもそも、インデックスファンドの品質の良し悪しを決めるのはコストではなく、ベンチマークに対するトラッキングエラーをどれだけ最小限に抑えることができたのかという点にあるというのも重要な指摘です。

では、ファンドの良し悪しを判断する際に、コストは無視すべきでしょうか。もちろんそうではありません。問題なのはコストの多寡ではなく「合理性」です。日本の投資信託の問題は、コストが高いことではなく、その合理性が薄弱なことです。その温床になっているのが販売会社である銀行や証券の販売姿勢。そして運用会社が販売会社(銀行、証券)の系列にあり、利益相反の問題が看過されてきたことです。こうした業界構造に対しても本書では厳しい批判を行っており、直販投信のトップだからこそ書くことのできた内容です。

そのほか、スマートベータやフィンテックといった最近の話題に対しても中野社長の率直な疑問が書かれており、非常に興味深かったのですが、恐らく本書の中で中野社長が強調したかったのは以下の部分でしょう。
フィンテックが注目の用語になっているのに、なぜ「フィデューシャリー・デューティー」は注目されないのか。個人的には少々不満なので、私はこれからさまざまなところで「フィデューシャリー・デューティー」という言葉が持つ意味を、少しでも多くの人に伝えていきたいと思います。
結局、金融機関の投資信託販売の姿勢やエセ長期投資の跋扈、信託報酬の合理性の問題というのは、つきつめるとフィデューシャリー・デューティーの問題に行きつきます。だからこそセゾン投信は、いちはやくフィデューシャリー・デューティー宣言を出した。中野社長は宣言の重大さをよく理解していることがうかがえ、非常に好感を持ちました。

いずれにしても本書は、本質的な意味で長期投資やインデックス投資、あるいは投資という行為そのものを考える内容です。そしてもっとも大事なことは、「自分の頭と感性で考え、判断できてはじめて長期投資家になれる」ということ。やはり、つねに勉強しなければならない。「長期投資」や「ほったらかし投資」というのは、投資の真理に至るための重要な方便ですが、方便の背後にある理論を学ぶ気持ちがなければ、たんなる思考停止です。そして実際に、本物の「長期投資」「ほったらかし投資」を実践している人は、やはり勉強しているものです。

本書は、わずか200ページほどの小著ですが、長期投資やインデックス投資に興味を持ち、実践し始めたばかりの人には、ぜひ読んでもらいたい1冊です。長期投資やインデックス投資の魅力にあてられて、かえって心の狭い投資家になるのを防いでくれるでしょう。まさに長期投資やインデックス投資に夢中になった人の毒気を抜いてくれる本です。また、巻末付録の中野社長とスパークス・グループの阿部修平社長の対談は御馳走でした。

【ご参考】
本書を読んで、ますますセゾン投信と中野社長に対する好感が上がりました。私は基本的に他人に投資を勧めることはしないし、特定の金融商品をことさらに推奨することも控えているのですが、もし投資初心者に1本だけ投資信託を薦めるとすれば、セゾン投信のセゾン・バンガード・グローバルバランスファンドを挙げます。1本で世界の株式、債券に分散投資できることに加え、提供される情報を通じて投資についてゆっくりと学ぶことができるからです。セゾン投信は銀行や証券会社を通さない直販投信ですが、ネットから簡単に無料で資料請求できます。⇒セゾン投信

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