2015年9月13日

『インデックス・ファンドの時代』-いま読まれるべきは「第4部 ファンドの運用について」だ



バンガードの創設者であるジョン・C.ボーグルの著書、インデックス・ファンドの時代―アメリカにおける資産運用の新潮流といえば、インデックス投資に関する基本文献のひとつです。翻訳版で450ページを超える大部なものですが、とにかくこれでもかというくらいインデックスファンドの優位性を論証していく迫力のある本でした。とくにミーチュアルファンド(投資信託)のコストがリターンに及ぼす影響について徹底した記述を行っていることで有名です。ただ最近、部分的に読み直していて、ちょっと別の感想を持ちました。それは「第4部 ファンドの運用について」の部分です。いま読まれるべきは、この部分ではないでしょうか。

本書の原題は、Common Sense on Mutual Fundsです。ボーグル氏が運用の「常識」として主張する内容、すなわちアクティブファンドがインデックスファンドに継続的に運用成績で勝つのが難しい(不可能とは言っていない)こと、その要因がコストの差であるといったことをこれでもかと言わんばかりに徹底的に論証していく本書の姿勢には一種独特な迫力があります。このあたりは、学者や評論家ではなく、実際にバンガードというインデックス運用の企業を起こした企業家としての信念が感じられ、読むものを圧倒します。

本書の前半部分で著者が強調したインデックス運用の優位性については、それこそ現在では多くの投資家が理解するところの「常識」になったわけですが、最近になって改めて読み直すと、後半部分でも重要な指摘を行っていることに気づきます。それは運用会社のあり方について。ここで強調されているのは、まさにフィデューシャリー・デューティーの問題です。

ボーグル氏は第4部のイントロダクションで次のように書いています。
我々は今日までに、ミューチャル・ファンドのよりどころとなる原則から乖離して、投資家の利益に反する新しい原則へとこの業界を導いてきてしまったのだ。思慮深くファンドの運用に奉仕するという精神は、今では他の全てのことがそれを中心に展開するような中心的役割を果たさなくなってしまったのである。それに代わって、積極的な宣伝と販売テクニックを駆使したファンドのマーケティング機能が中心となり、提供されるファンドの価格をはじめ、ファンドの運用方法や提供されるファンドの種類まで支配する世の中になってしまったのである。運用はマーケティングに従属するようになったのだ。
以下、販売主導のファンドのあり方に対する全面批判が展開されます。すなわち回転売買、高額の手数料、多大なコストをかけた宣伝によるファンド販売などを徹底的に批判し、受益者の利益を最優先するという受託者責任の原理原則に戻れと強調するのです。

では、なぜ運用会社はフィデューシャリー・デューティーを全うできないのか。ボーグル氏は、その理由を「2人の主人に仕える」というわかりやすい表現で説明しています。つまり、運用会社が営利企業である限り、運用会社の所有者(株主)とファンドの受益者はつねに利益相反の関係に陥る。運用会社は、自社の株主とファンドの受益者という「2人の主人に仕える」のだけれども、「人は誰も2人の主人に仕えることはできない」(マタイの福音書)。

こうした問題点は、アメリカだけでなく日本でも同様です。日本の方が、もっとひどい状態になっているとさえいえる。では、どうするべきか。ボーグル氏は、ファンドの受益者が運用会社を所有するという一種の相互会社組織としてバンガードを設立することで、フィデューシャリー・デューティーを全うする組織構造を作り上げました。しかし、アメリカでも多くの運用会社やファンドは、そういった方法を採用することは現実的には不可能です。そこでボーグル氏が提唱する方法は「日の光」。すなわち証券取引委員会(SEC)など当局がファンドの経費構造や手数料の実態を調査し、結果を広く投資家に知らしめよと主張しています。

これはまさに現在の日本で起こっていることです。つまり、金融庁が「金融モニタリング基本方針」の中でフィデューシャリー・デューティーという概念を監督・指導の基準に定めたと同じ。その意味でも本書は、まさに将来を予見する射程を持っていたといえる。だからこそ、本書でいまこそ読まれるべきは、この「第4部」ではないでしょうか。ボーグル氏は運用会社の受託者責任について次のように記しています。
投資家を消費者としてではなく株主として扱うことは、長くおざなりにされてきた受託者責任という、昔からの原則に戻ることを意味するであろう。
助けを必要としてる投資家の資産に対する我々の受託者責任は、売買にともなうコストを請求するかどうかという問題をはるかに超越している。それはファンドの所有者をそれにふさわしい扱いをするということである。
受託者責任、フィデューシャリー・デューティーとは、これほど厳しい規範なのです。私は、改めて本書の後半部分を金融機関の人に熟読玩味して欲しいと強く感じています。
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