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2015年6月28日
『預金バカ』―興味深いセゾン投信誕生物語と澤上さんの偉大さ
先日、草食投資隊セミナーin奈良でセゾン投信の中野晴啓社長の預金バカ 賢い人は銀行預金をやめている (講談社+α新書)をいただいたので、あらためて読み直してみました(タイトルは、それこそ馬鹿っぽいですが、中野社長に直接お聞きしたところ、これは出版社サイドが主導して決めたのだとか)。中野流“投資のススメ”といった内容ですが、それよりもセゾン投信誕生物語として楽しく読むことができます。
本書のいちばん面白いところは、やはり“セゾン投信誕生物語”ともいえる部分でしょう。日本では真面目に個人投資家のことを考えた長期投資のためのファンドを作ろうと思っても販売会社の力が強すぎて失敗するという中野さんの体験談は、実情を知らない人からすれば驚きの内容でしょう。中野さんがベアー・スターンズと共同で最初に立ち上げたファンド「未来図」の失敗は象徴的です。とくに販売開始から半年が経つと販売会社である証券会社や銀行の手数料稼ぎを目的とした回転売買の餌食になって解約が相次ぎ、純資産総額の減少でまともな運用ができなくなるというのは日本の投資信託業界の悪弊の典型です。
その中野さんに直販投信というアイデアを伝授したのが、さわかみ投信の澤上篤人さんだというのがドラマチック。なんだかんだ言われても、やはり澤上さんは偉大なんですよ。これは広瀬隆雄さんがどこかで書いていましたが、日本の金融業界には昔から“お金を集める人と運用する人は、どちらが偉いのか”という神学論争があり、業界では圧倒的に“お金を集める人”が偉いとされてきました。だから投信も圧倒的に販売戦略が中心となり、受益者の長期的な利益など無視されてきたわけです。そんななかで澤上さんだけが、たったひとりで業界の悪弊に挑戦した。たぶん村八分にされたことでしょう。本書でも中野さんが最初に澤上さんに面会を申し込んだら「(セゾンのような)大企業に用はない!」といわれて断られたエピソードが紹介されていますが、その頑なな態度に当時の澤上さんがどれだけ業界内で孤立し、いじめられていたかをうかがわせます。
上司との方針の違いから左遷され、計画が頓挫しかけるという日本にありがちな展開も紹介されています。このあたりは、最終的にクレディセゾンの林野宏社長の決断が大きかったのですが、社長に直接手紙を書いてしまう中野さんのやり方は、なかなか普通のサラリーマンではできません(そんなことをすれば、頭ごなしにされた上司との関係がおかしくなるのが目に見えていますから)。中野さんの凄い点は、クレディセゾンという大企業に所属しながら、自分のやりたい事業を立ち上げてしまったことです。これは澤上さんとはまた別の意味で偉大なことだったといえます。
では、本書のタイトルにもなっているように、なぜ預貯金ではだめで投資しなければなならないのでしょうか。このあたりの説明も非常にクリア。現在の銀行は間接金融の役割すら果たしていないという批判の是非はおくとしても、やはり現在の低金利ではインフレに勝てないからです。日本は膨大な財政赤字を累積させているわけですが、歴史的にみてこの問題の解決方法はひとつしかありません。それはインフレ政策による実質的な債務圧縮です。これこそ“アベノミクス”の本当の目的だと中野さんは示唆しています。そして、デフレ時代は“何もしないこと”が最適戦略となりますが、インフレ時代になると行動した人と行動しなかった人で大きな差が生まれる。これからは「なにもしない人にとって厳しい時代になる」と中野さんは指摘します。
かといって一般庶民は投資にかかりきりになることができませんし、何が儲かるのか予想するのも困難なのが現実。そこで世界に分散したポートフォリオを作り、「地球を丸ごと買ってしまう」というセゾン・バンガード・グローバルバランスファンドのアイデアへとつながる。退屈だけれども、投資とは本来、退屈なものだという指摘にも賛成です。
本書を読んで、セゾン投信やセゾン・バンガード・グローバルバランスファンドに対する親近感がグッと高まりました。ほんとうに受益者のことを考えて運用されている金融商品というのは、日本では極めて貴重だからです。