2022年9月30日

“男が、男に惚れる”姿は美しい―菅さんの復活に期待


9月27日、安倍晋三元首相の国葬が無事に終わりました。国葬の是非についてはいろいろな意見がありますが、やはり一番印象に残ったのは菅義偉前首相の弔辞でしょう。聞いていて、心を揺さぶられました。古臭い考えかもしれませんが、やはり“男が、男に惚れる”姿は、美しいのです。同時に、菅さんにとってもひとつの区切りになったのかもしれません。菅さんには、ぜひ復活して欲しいと思わずにはいられません。

菅さんの弔辞は、かけがえのない友人であり、戦友であった安倍さんを喪った喪失感と悲しみに満ちたものでした。それこそ長年付き添った伴侶に送る「恋文」のような趣すらあります。とくに、安倍さんとの出会い、そして安倍さんに二度目の自民党総裁選出馬を決意させるために銀座の焼き鳥屋で3時間にわたって口説き落としたことを「菅義偉生涯最大の達成」と言い切るところに、まず心を打たれました。

菅さんと安倍さんの邂逅、そして銀座の焼き鳥屋での一夜。そこにあるのは、“男が、男に惚れる”という姿です。最近はこういったホモソーシャルな文化は否定されがちなのですが、私は古臭い人間なので、やっぱり“男が、男に惚れる”姿は、美しいと思う。そして、菅さんのような人を“惚れさせる”だけの人間力があったから、安倍さんは天下をとれたのです。そうでなければ、約8年にわたって選挙に勝ち続け、政権を維持することなどできません。

仕えるべき人、支えるべき人を喪った菅さんの悲嘆は、あまりにも大きい。安倍さんが亡くなって以降、菅さんの表情から生気が失われていたことを思い出します。それだけに弔辞の最後に、安倍さんが読んでいた岡義武『山県有朋』を紹介し、山県有朋が盟友・伊藤博文に先立たれたことを嘆いた歌「かたりあひて 尽しゝ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ」を吟じたところで、ぐっときました。本当に素晴らしい弔辞だったと思います。

ただ、しばらくして菅さんの弔辞を読み直していると、もっと深い意味が込められているのではないかと感じ始めました。そもそも、安倍さんはなぜ岡義武『山県有朋』を読んでいたのでしょうか。もしかしたら、安倍さんは自分を山県有朋に重ねていたのかもしれません。

山県有朋は近代日本の基本的構造を建設し、その後も元老として政界を指導し続けながらも、稀代の“不人気政治家”でした。一方、盟友の伊藤博文は陽気で開放的な性格もあって国民的人気が高かった。つねにマスコミや評論家から集中砲火を浴び、それこそ人格攻撃とも思えるような言葉を投げつけられながらも政策を実現していった安倍さんは、自身を伊藤博文ではなく、山県有朋に擬していたのでしょう。

しかし、菅さんの弔辞は「そうではない」と言っているような気がします。山県有朋が死去した際、やはり国葬が執り行われたのですが、一般国民の拝礼は700人ほどしかなく、新聞には「“寒鴉枯木”のような寂しい“民ぬき”の国葬」と書かれました。一方、安倍さんの国葬には2万5000人以上の人々が献花の訪れました。

安倍さんは自分を山県有朋のような“不人気政治家”だと思っていたのかもしれないけれども、実際は伊藤博文に近かったと菅さんは言いたかったのでは。だからこそ菅さんは、「ご覧になれますか。ここ、武道館の周りには、花をささげよう、国葬儀に立ちあおうと、たくさんの人が集まってくれています。二十代、三十代の人たちが、少なくないようです。明日を担う若者たちが、大勢、あなたを慕い、あなたを見送りに来ています」と語り掛けます。

そして、安倍さんが伊藤博文なら、菅さんこそが山県有朋の立場です。菅さんは安倍さんを伊藤博文に見立てることで、後に遺された自分を山県有朋の立場に擬した。そう考えると、菅さんが山県有朋の歌を引用した意味も、さらに深いものになります。

菅さんが「今より後の 世をいかにせむ」という言葉を発した時、深い喪失感と悲嘆を表しているけれども、同時にある種の責任感のようなものを感じました。「今より後の 世をいかにせむ」とは、どうしたらいいのかという不安と同時に、「自分が何とかしなければならない」という思いを秘めているとも読めるからです。

伊藤博文亡き後、山県有朋は長きにわたって元老として政府を指導し続けます。同時に、自分の後を託せる後継者を探し続けました。そして、山県が最後に後継者として期待を寄せたのは、原敬でした(その原敬が暗殺されたとき、山県は悲嘆にくれ、将来の日本の破滅を予感し、それは的中します)。

菅さんもきっと、安倍さんの遺志を守るのは自分しかいないと思っているのでは。だから、国葬での弔辞は、菅さんの中でひとつの区切りを付ける契機であったし、同時に復活への狼煙だったように思えます。実際、国葬の後にメディアのインタビューを受けた菅さんには、明らかに生気が蘇っていました。


ここで菅さんは今後の政治活動について控え目に語っているけど、政策に関しては饒舌に語っています。これを見て嬉しくなりました。菅さんは、まだまだ終わっていません。そして今後、きっと若い世代の間から菅さんの助力を求める声が政界で起こると思う。その時こそ、菅さんには暴れまわって欲しいと思います。そして、いずれ安倍さんや菅さんの遺志を受け継ぐ後継者を育てて欲しい。それが、それこそ山県有朋のように後に遺された者の義務だからです。

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【ご参考】
菅さんが弔辞で取り上げたことで、岡義武『山県有朋』が注目されました。私も久しぶりに書架から取り出して再読してみようと思います。現在、品切れになっていますが岩波書店も重版を決めたそうです。


また、文庫版のオリジナルである岩波新書版はkindle版が現在でもAmazonで販売中です。早く読みたい人は、こちらで読んでもいいかもしれません。

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