2021年10月11日

FIRE戦略の盲点―やはり大事なのは人的資本か

 

最近、日本でもFIRE(ファイナンシャル・インディペンデント、リタイア・アーリー)が注目されています。具体的なFIREへの計画としていろいろなシミュレーションを披露する人も数多くいます。それはそれで大いにけっこうなことですが、意外と重要な視点が看過されているケースがあります。いわば「FIRE戦略の盲点」ともいうべきものですが、ここにきてこの盲点の深刻さが一段と大きくなってきたように感じます。

具体的なFIRE戦略として、いつまでのどれくらいの資産を築き、その運用益と取り崩しでどれだけの期間の生計費をまかなえるのかといったシミュレーションをいろいろな人がやっています。かなり楽観的なものから、慎重なものまで様々なですが、その妥当性について批評しようとは思いません。ただ、意外と盲点のなっているのものがある。それは、将来の税制変更リスクです。

現在、日本では固定資産税や相続・贈与税ぐらいしか資産課税はありません。また、配当・利子など金融所得に対しては基本的に一律20%の税率で分離課税されています。このため、多くのFIRE戦略では、現行の税制を前提としてシミュレーションするケースが圧倒的です。しかし、現在の税制が今後も続くという保証は、どこにもありません。

新型コロナウイルス禍によって世界各国の政府が大規模な財政支出で経済を下支えしました。これは非常に意味のあることでしたが、一方で膨らんだ財政赤字をバランスさせるために、どこかで増税に踏み切らざるを得なくなります。また、新型コロナ禍は、それまでも進行していた経済格差を一段と拡大させた側面もあります。このため、とくに先進国は増税による所得の再分配が大きなテーマになっています。

つまり、将来的に税金の支払いが増加する可能性は決して小さくないのです。実際に日本でも金融所得に対する税率引き上げや、総合課税による累進税率の適用などが議論され始めました。将来的には資産課税の可能性すらあります。そして、これはなにも日本だけの現象ではなく、世界的な流れかもしれません。

こうしたことを考えると、現在の税制を前提としたFIRE戦略というのは、意外と危ういのでは。資産の運用益と取り崩しでアーリー・リタイア後の生計費を十分賄える計算していても、いきなり金融所得への税率が引き上げられたり、ひどい場合は資産課税させたりしたら一気にキャッシュフロー計画が破綻してしまいます。これこそ「FIRE戦略の盲点」だと思います。

もちろん、資産形成というのは将来の税制を予想して行うものではありません。そもそも将来の税制などは予想不可能ですから。結局、いまできることに注力するというのが基本となります。ただ、FIRE戦略を立てるならば、やはり将来の税制変更リスクは頭の片隅に入れておいた方がよさそうです。

では実際にFIRE実践時に課税負担が増えて、キャッシュフローが苦しくなったらどうするべきでしょうか。生計費を引き下げるというのは一つの手段でしょう。しかし、せっかくFIREしたのにひもじい生活を送るのは残念過ぎる。やはり労働市場の復帰して、キャッシュフローを改善する方が現実的です。それは、「RE」をいったん断念することで「FI」を守るということです。

そう考えると、FIRE戦略で案外と重要になるのは、たとえアーリーリタイアしたとしても、いざキャッシュフローの困難に直面すればいつでも労働市場に復帰できるような「人的資本」の研鑽は続けるべきだということになります。FIREといえども、つねに学び続けなければならない。いや、いったんは労働市場から退出するFIREこそ、いつでも労働市場に復帰できるだけの人的資本の維持・強化が大事になる。これもまた「FIRE戦略の盲点」といえるかもしれません。

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