2021年10月31日

“格差ポルノ”のダシに使われる積立投資家

 

Twitterでも交流いただいているハンチングさんがタイに居住してのFIREに向けて着々と準備を進めています。タイは仕事で何度も行ったことがあるので、ハンチングさんのブログを読んていると、私も久しぶりにタイに行きたくなってきました。そのハンチングさんが西日本新聞で取り上げられました。ところが、これが読んでなんとも嫌な気持ちになる記事でした。


なぜいやな気持になったのかというと、記事でハンチングさんに対する扱いが極めて失礼だと感じたからです。これではまるで格差問題に焦点を当てるためのダシに使われたようなものです。

記事に登場する「元工場作業員の男性(49)」がハンチングさんだそうです。コツコツとインデックス投資を続けながら、コロナショックのような急激な株価下落局面では機敏に動くことで見事に資産形成に成功し、FIREを実行するまでになった様子が簡潔にまとめられています。ただ、ハンチングさんがそこに至るまでには、離婚や多額の住宅ローンなど様々な問題をクリアしながらだったことをブログを通じて知っていただけに、新聞記事での記述がやや簡潔過ぎるし、記者の筆致もちょっと奥歯にものが挟まった感じ(とくにアベノミクスが「追い風」になったと強調するあたり)があるのが気になったわけです。

その違和感は後半に「非正規の県職員として働く男性(51)」が登場するところでますます大きくなります。確かに51歳の非正規労働者は気の毒ですが、でもこの人、大学院修了で39歳まで水産センターで研究員として働いていた。しかも実家暮らしで、非正規になった後も家に食費を入れたとしても、自由になるお金が月10万円あるわけです。それで貯金が40万円しかないと嘆いている。なんだかなと思ってしまう。私は現在、正社員として働いていますが、それでも収入から家賃や食費・光熱費などを引けば、やはり自由に使えるお金は10万円もありません。そこからコツコツと貯金したり投資に回す資金の捻出したりしているわけで、それが世の中の現実です。

おまけにこの人、正社員を目指して今も就職活動中で、30社以上の採用試験を受けたが採用されなかったとまた嘆く。でも39歳から51歳まで10年以上の期間があるわけですから、平均だと年3社ほどしか受けていないわけです。それって求職活動としてどうなんでしょう。もっと意地悪なことを言うと、研究員を辞めた12年前って2010年頃のはず。その頃はようやく雇用状況の悪化も底入れした時期で、その3年後にはアベノミクスも始まって求人も増加していきました。ちなに私は従業員50人以下の零細企業で働いていますが、そこですら2010年代に入ると人手不足が深刻になり、普通に40代の人を正社員として中途採用していました。だから、この51歳のおじさんも、やり方次第では今までに正社員になるチャンスがあったはずだと感じてしまうのです。

つまり、この記事を読んで感じた違和感は、「構造的に発生する格差」の問題と「個人の行動の結果生じる格差」の問題をごっちゃにしていることです。記事に登場する高卒の工場作業員(ハンチングさん)が投資によって資産形成に成功し、大学院修了の高学歴者が非正規労働者として不遇をかこっているのは、かなりの部分が「個人の行動の結果生じた格差」です。ところがそれを、あたかも「構造的に発生する格差」のように記述するから、なんともいえないモヤモヤした感じがするのです。

そして、それ以上に問題だと思うのが、この記事には「高卒の工場作業員」が「投資」で資産形成し、「大学院修了の人」が非正規に甘んじていることを“不自然”で“おかしなこと”だと考えているフシすらあることです。もっと露骨に言うと、この記事を書いた記者は、高卒者が大学院修了者よりも多くの資産を持っている状態は“本来はあってはならない”ことだと感じており、「投資」という行為によってそんな不自然な状況が生まれていることを“不公平”だと考えているのでは。だからこそ、「投資で資産形成した高卒」と「非正規に甘んじる大学院修了者」を対比することで、あたかも「格差問題」を論じたつもりになっている。これこそ、この記事を読んでもっとも“嫌な感じ”がするところです

こういう扱いは、ハンチングさんに対して極めて失礼でしょう。なぜなら、見ようによってはハンチングさんのこれまでの自助努力を矮小化することになるからです。おまけに記事の最後には「分配」問題が提示されているのですが、この記事に対する違和感がマックスになりました。なぜなら、本来は経済的な「強者(富裕層)」から「弱者(貧困層)」への分配を考えなければいけないのに、この記事の対比では結果的に「自助努力した弱者」から「弱者」への分配を提唱する構図になってしまう。なんだそりゃ。

こんな失礼な扱いを受けたのですから、温厚なハンチングさんでもイラっときて当然です。ブログの紹介記事「西日本新聞10月29日の朝刊にハンチングの取材記事掲載されました」に次のように書いています。
今回の記事の題材が「成長の果実、偏る分配」とあるのだけれど。
高卒で働き始め、ずっと質素倹約に生きてきてやっと少しばかりの資産を作ったのものを、対比も憚れる高学歴の優秀な同年代の方へ再分配と言われても、正直複雑な気持ちにもなる。
まったくその通りで、私も複雑な気持ちになりました。まったくもって失礼千万な話です。結局、今回の西日本新聞の記事は一種の“格差ポルノ”に過ぎないと思いました。そのダシに積立投資家が使われたわけです。「格差」という重要な社会問題を焦点化しているように装って、実際は「貧乏人のくせに『投資』で儲けるのは『ずるい』のだから、それを分けろ」という小市民的な劣情を煽っているだけ。だから“ポルノ”だというのです。

どうも日本のメディアには「投資」というだけで、それをいかがわしいものだと決めつけて、“ポルノ”の材料にする悪い癖があります。でも忘れてはならないことは、このような“格差ポルノ”によって貧乏人同士を争わせている背後で、ほくそ笑んでいる本物の経済的強者・富裕層がいるのです。だから新聞には、コツコツ投資で資産形成に努力している庶民をダシにしてつまらない“格差ポルノ”を書くのではなく、それこそ「構造的に生じる格差」の問題に切り込む記事を書いて欲しいものです。

そしてハンチングさんには、こんな失礼な新聞記事は気にせず、ぜひタイでのFIREを頑張って欲しいと思う。新聞記事の中でハンチングさんが言っている「もっと別の未来を目指したい」という想いこそが、FIREに限らず、いまもコツコツと自助努力を続けながら資産形成に励んでいる人に共通する想いだから。

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