2021年10月16日

渋澤さん、岸田首相にコツコツ投資の意義を伝えてください

 

岸田文雄首相が就任し、成長と分配を両輪とする「新しい資本主義」の実現を掲げています。このほど、具体策を話し合う有識者会議「新しい資本主義実現会議」のメンバーが発表されました。個人的に注目したのは、コモンズ投信の渋澤健会長が起用されたことです。


最近、またもや「個人による投資の促進=金持ち優遇」といった浅い理解が増えており、えてして政府もそれに迎合する傾向が強まっています。それだけに、渋澤さんにはぜひ会議で岸田首相にコツコツ投資の意義を伝えて欲しいと思います。

新型コロナウイルス禍以降、世界的に経済格差が一段と加速したことっもあって、「再分配」が大きな政治イシューになるのは世界的な潮流です。その意味で日本でも安倍政権以来の上げ潮路線が後退し、岸田首相の「成長と分配」といったスローガンが登場するのは当然の流れといえます。

実際に経済格差の拡大は大きな問題ですから、再分配政策が強化されるのは必要なことであり、それこそ政府の機能でもあります。ただ問題は、現在の日本では議論が極めて雑に行われており、再分配の強化として実施する政策が、かえって格差を固定する危険性があるということです。

例えば最近、金融所得への課税強化が議論されていますが、これなどは「投資家=金持ち」という極めて短絡的な発想から議論がなされがち。しかし、現実はそれこそ株式の配当収入や売却益だけで毎年数千万円から数億円を得ている本物の富裕層と、それこそ投資信託で積立投資したり個別銘柄を少しずつ長期保有している資産形成層では、同じ「投資家」といえども投資の意味がまったく異なるのです。

こうした違いを無視して、例えば金融所得に対して一律に課税を強化したらどうなるか。本物の富裕層は、すでに資産を持っているわけですから、それを減らしさえしなければいいのに対して、資産形成層は肝心の資産形成が抑えられます。皮肉なことですが、雑な再分配政策は、かえって格差を固定するのです。実際に一部の新興国では貧困層に支持されたポピュリズム政治家が政権を握ることがあるのですが、やはり雑な再分配政策をやってしまうので、かえって経済格差が拡大するということがよく起こっています。

そういった問題も含めて、新しい資本主義実現会議のメンバーに入った渋澤健さんには、ぜひ岸田首相らにコツコツ投資で資産形成に取り組んでいる人たちの存在を伝えて欲しい。そうすることで「投資家=金持ち」といった単純な構図が既に成り立たなくなっているのだということを社会に発信することが必要でしょう。渋澤さん自身も、これまで草食投資隊の一員として全国行脚してコツコツ投資の意義を啓蒙してきたわけですから、うってつけの人材だと思います。
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さらに言うならば、渋澤健さんのご先祖様である渋沢栄一が提唱した「合本主義」や「道徳経済合一説」なども再評価する機会になるかもしれません。それは今後の日本の経済にとってもとても意味深いものがあると思うのです。

渋沢栄一研究ブックガイド


さて、ここからは付録です。じつは私は大学院生時代から個人的に渋沢栄一研究やっています。そこで参考までに渋沢栄一を知るための本をいくつか紹介します。

渋沢栄一に関する本で、なんといっても面白いのが彼の自叙伝『雨夜譚―渋沢栄一自伝』 (岩波文庫)。彼の肉声に触れるような文体が強い印象を残すからです。渋沢栄一の談話集である『青淵百話』も『渋沢百訓 論語・人生・経営』 (角川ソフィア文庫)して抄録版が文庫化されているので併せて読むといいでしょう。

 

 渋沢栄一の思想といえば「道徳経済合一論」ですが、これを本人が分かりやすく説いたのが『論語と算盤』 (角川ソフィア文庫)。いっけん牽強付会に見えて、じつは深い儒学知識に基づく論語の読み替えは、日本的道徳思想の一形態として興味深いし、日本的な「資本主義と倫理」の精神的格闘の記録としても貴重です。さらに本格的に渋沢の論語解釈を知ろうと思えば、『論語講義 』 (講談社学術文庫)に進むことで素人研究の域を脱してきます。



渋沢栄一の伝記研究としては渋沢青淵記念財団竜門社編『渋沢栄一伝記資料』がまず基本文献ですが、本編58巻・別巻10巻の大部なものなので図書館などで利用しましょう。最近では嬉しいことにデジタル版が公開されています。簡便な伝記としては渋沢栄一伝記資料の中心編者だった土屋喬雄の『渋沢栄一』 (人物叢書)があります。労農派マルクス主義経済学者であり、経済史の大家でもある著者の分析は現在でも無視できないものがあります。また、幸田露伴の 『渋沢栄一伝』も基本文献。明治の文豪が渋沢翁をどのように評価していたかが興味深い。最近、岩波文庫にもなって入手が容易になりました。また、息子である渋沢秀雄による『明治を耕した話―父・渋沢栄一』(青蛙選書)も親族ならではの貴重な情報を含みます。




ユニークな渋沢栄一研究としては山本七平の『渋沢栄一 近代の創造』 が極めて独創的な山本学に基づく渋沢研究。同じくユニークな渋沢研究として鹿島茂の『渋沢栄一』(文春文庫)も挙げておきましょう。サン・シモン主義者としての渋沢栄一という独特の仮説を説いています。



渋沢栄一を描いた小説はいくつもありますが、やはり城山三郎の『雄気堂々』(新潮文庫)を挙げないわけにはいきません。



渋沢栄一について書かれたものは、このほかにも膨大にあります。本当に調べれば調べるほど得体のしれない人物と思えてきます。日本における資本主義とは何かということを考える場合、渋沢栄一というのは避けて通ることのできない問題系として存在しているのです。

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