2017年5月7日

毎月分配型投信の衰退は「投信不信」の顕在化ではなく「正常化」への第一歩



ゴールデンウィーク最終日ですが、日経新聞の1面記事がなかなか強烈で、SNSなどを見ていると金融クラスターをザワつかせています。

投信不信 迷うマネー 金融庁批判で「毎月分配」自粛 14年ぶり資金流出(「日本経済新聞」電子版)

金融庁が毎月分配型投資信託を激しく批判したことで金融機関が販売を自粛したところ、投信の販売自体が細ってしまったという笑えない話です。やや論理構成に疑問もある記事ですが、全体としての趣旨はわかります。そして結論が「毎月分配型の販売自粛があぶり出したのは根深い投信不信だった」とのことですが、別にそれを嘆く必要はないと思う。なぜなら毎月分配型投信の衰退は「投信不信」の顕在化ではなく「正常化」への第一歩だと思うからです。

毎月分配型の問題点はいろいろとあるのですが、最大の問題は投資信託という金融商品のそもそもの設計コンセプトと矛盾をきたす場合が多いことです。投資信託は売買に機動性がありませんから基本的に長期保有・長期運用による純資産の成長を目的とした商品です。だから保有資産から生まれるインカムゲインも一旦は純資産に組み込まれて再投資される設計になっている。そしてこれは、ほとんどすべての投資信託の目論見書にファンドの目的として記載されています。しかし毎月分配型は元本を取り崩すことで、この目的と矛盾する場合が多い。つまりファンドの目的と運用の実際が矛盾するのが不誠実なのだということは、このブログでも何度も指摘してきました。
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毎月分配型投信がダメな理由―仕組みが悪いのではなく、商品が不誠実なのだ

もちろんインカムゲインを定期的に現金でもらいたいというニーズは高齢者を中心にありますし、それを否定することもできません。しかし、だとするならそれは投資信託ではなく別の金融商品で実現するべきでしょう。例えば個人向け国債と複数のETFを組み合わせれば定期的にインカムゲインを現金で受け取ることができる。インカムゲインによる定期的な現金収入を求める人に対して金融機関は本来、そういった商品を提案するべきなのです。

それともうひとつ、これまでの金融機関による毎月分配型投信の販売が厳密な意味で「適合性原則」に適っているのかという問題があります。日経新聞の記事では毎月分配型投信を買っていた個人投資家の声が紹介されていますが、まさにこれが問題の深層を象徴的に示している。
神奈川県の40代の主婦は「分配金は精神安定剤。毎月ちゃんと出ていれば安心できる」という。京都市の60代の主婦も「投信は基準価額の変動が大きすぎて心配。元本割れしたとしても毎月分配型以外は買わない」と話す。個人は長期運用に不安を抱いている。
こういった考え方の人は、そもそも投資信託の仕組みも理解できていないし、投資とは何かということも理解できていない。そういう投資初心者や高齢者に対して安易に投資信託を販売することは「適合性原則に適っているのですか?」と金融機関に問いたいと思います。ましてや毎月分配型投信で増加したオプション取引を組み込んだ商品に至っては論外ですよ。ようするに毎月分配型投信というのは、本来なら無理にリスク資産への投資などしなくてもいい人、あるいはしてはいけない人にリスク商品を販売し、手数料を荒稼ぎする金融機関の焼き畑農業的営業のためのツールに堕しているという現実があるわけです。

つまり、日本における投信販売というのは、そもそもが無茶苦茶だったわけです。積み上がった純資産というのも、その大部分は本来なら投信を買ってはいけない人からの資金だったということ。それは砂上の楼閣ですから、ちょっと金融庁が活を入れると脆くも崩れてしまったわけです。だから、毎月分配型投信が衰退してことで投信の販売自体が細ってしまうのは「投信不信」が顕在化したのではない。日本の投信業界が「お前は既に死んでいる」という状態だったことが明らかになっただけです。

しかし、「パンドラの箱」のようにあらゆる絶望が出現した後には希望だけが残されているもの。毎月分配型投信の衰退によって日本の資産運用業界における焼き畑農業が終焉した後に、その焼け跡から将来の大樹となる芽が息吹くものです。本当の意味で資産運用が必要な人のための投資信託だけが少しずつですが成長しているのも事実でしょう。その意味でモーニングスターに興味深い記事が載っていました。

DC専用ファンド(2017年2月)、資金流入額の低調続くが純資産総額は史上初4兆円乗せ(モーニングスター)

投資信託というのは本来的に長期運用を前提にした商品ですから、DC(確定拠出年金)のような若年・壮年層が老後資金の準備といった長期的な資産形成のために活用するのが最も適している。当然、長期運用では分配が少なく、コストの低いものが優れた商品となります。そして若年・壮年層の中には投資を本当に必要とし、投資に対する認識とリテラシーにも一種の覚醒が起こっている。それこそが投資信託がターゲットとするべき「正常」な市場です。その意味でDC専用ファンドの純資産残高が史上初の4兆円乗せというのは、投資信託が「正常化」していくひとつの現象です。そして金融庁は来年から始まる積立NISAによって、この流れを加速させようとしている。

もちろん、それによって金融機関の経営は一時的に苦しくなるかもしれない。しかし、それは事業環境が変化する過渡期に生じる通常の現象に過ぎません。そこでビジネスモデルを転換し、事業の構造改革に成功した金融機関だけが将来も生き残る。それは他の産業でも普通にあったことですから金融業界だけが例外とはならない。だから毎月分配型投信の衰退は、ある意味で日本の運用業界が「正常化」するための第一歩として歓迎するべきなのです。

【ご参考】
今回の日経新聞の記事に関連して、金融業界関係者の中でもっとも真摯なレスポンスを発信していたのはレオス・キャピタルワークスの藤野英人社長でした。藤野氏の見解こそ日本の金融機関が今後どうすべきかの示唆に富むものだったと思います。




とくに(1)(2)最後に書かれている以下の指摘は、金融機関で働く人はよくよく考えないといけないと思うのです(強調は引用者)。
今の50代はお金のことに困ったら金融機関にいかずにネットに行く人たちが増えるだろう。それは年々加速する。そしてその時はリアルのブランドではなく、ネットでのブランドがモノを言うに違いない。
地銀の場合は、さらに相続の資金の相当な割合が都心に行く。相続の対象者が都会にいるからだ。人口の都市への移動だけではなくお金の都市への移動が起きる。とはいえ、それの受け皿は都銀やメガバンクとは限らない。おそらくかなりがネット証券になるだろう。
信託銀行のメインの顧客は70代だ。ということはおそらく10年は持たないかもしれない。しかし、今の経営陣にとっては10年はいないので問題ない。いや問題ないわけではないけれども、サラリーマン人生として問題ないということだ。今働いている若手の銀行マンや証券マンは今のままでは大リストラをは免れない。それは日本酒業界でもそうだったし、炭鉱業界、鉄鋼業界などで起こったことで、別に不思議なことではない。炭鉱業界も鉄鋼業界も最優秀(といわれる人たち)が大量に業界に就職したが、そのような状況になった。
(資産運用業界について思うこと(1))
腰を据えて今から資産形成層の獲得に(今は短期的に儲からなくても)努めなかったら絶対に未来はないのだ。それは森金融庁長官がいようがいまいが同じなのだ。森金融庁長官は理想主義者で原理主義者だと思われているが、未来からやってきた優しいおじさんである。彼は未来に多くの既存の金融機関が大変な状況になっているのを見て、未来の金融機関から送り込まれたターミネーターなのである。
今、ここでシフトチェンジをしないと遅いんだと。
(資産運用業界について思うこと(2))
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