2017年2月4日

GPIFは米国のインフラに投資するのか



2月2日付の日経新聞に奇妙な記事が載っていました。10日にワシントンで開かれる日米首脳会談で、安倍首相がトランプ大統領に日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が米国のインフラ事業に投資することを伝えるというものです。

公的年金、米インフラに投資 首脳会談で提案へ(「日本経済新聞」電子版)

これは実に雑な記事で、誤解を招く内容だとしか言いようがありません。年金運用につて詳しくない人が読むと、まるで政府がGPIFの資金を勝手に使って米国に献上するように読めるからです。ただでさえ世間の誤解にさらされがちなGPIFとしてはたまったものではありません。早速、GPIFの髙橋則広理事長が公式コメントを発表しています。

本日の一部報道について(GPIF)

これは当たり前の反論です。そもそも政府にはGPIFの運用に関して具体的に指図する権限がないのですから。ただ、髙橋理事長のコメントをよく読むと、インフラ投資自体は否定していないことも注意が必要です。GPIFの運用が政府の意向に左右されるのはトンデモナイことですが、GPIFの主体的な投資判断としてのインフラ投資というのは既定路線だからです。

これはすでに発表されていることですが、GPIFは伝統資産(株式と債券)以外にオルタナティブ資産に運用資金の5%まで投資することができます。しかし、魅力的な投資案件が見つからず、現在では運用資金の0.04%を投じているだけです。このためGPIFは有力選択としてプライベート・エクイティとインフラ投資の拡大を進めることを明らかにしていました。

インタビュー:GPIF、今年はPE・インフラ投資拡大へ=理事長(ロイター)

髙橋理事長は、日本には優良な案件がないので海外の案件が選択肢になるとしていますが、そうなると米国のインフラ投資というのは有力な選択肢なのです。少なくとも途上国や新興国のインフラに投資するよりは、よほどマシだからです(途上国や新興国のインフラに投資する場合は、資金の大部分が賄賂などに使われる可能性もありますから)。

こうしたことを考えると、冒頭の日経新聞の記事の意味も見えてきます。ようするに安倍首相はトランプ大統領に「GPIFもインフラ投資拡大を考えますので、良い案件があれば日本にも門戸を開放してね」と説明するということでは。そもそもインフラ投資というのは各国とも規制があり、場合によっては海外からの資金が排除されるケースもあります。だから好意的に解釈すれば、安倍首相はトランプ大統領の御機嫌を取りながら実利を獲りに行く戦略なのかもしれません。ちょっと朝貢外交的でカッコ悪いですが、友好関係にある大国との外交というのはこういうものです。

しかし、そもそもGPIFのような年金基金がオルタナティブ投資をするべきなのかという問題が残ります。というのも、海外の年金基金は早くからヘッジファンドなどオルタナティブ投資にかなりにウエートの資金を投じてきましたが、思ったようなリターンを得ることができず、最近では撤退傾向が鮮明になっていますから。だから、実はこの点でGPIFはすでに周回遅れなのです。

ヘッジファンドにはこりごり-米年金基金や寄付基金が別れ告げる(ブルームバーグ)

ヘッジファンドと比べれば、インフラ投資は公益事業を営む企業や公社の株式や債券などへの投資が主流になるのでいくぶんかはマシだとは思うけれども、海外の公益事業というのは結構シビアで、公益事業団体・企業でもたまに破綻して株式・債券が紙クズになることがある。そういう案件に年金資金という大事なお金を投入すべきかどうか。これは非常に難しい問題を孕みます。

とはいえ、GPIFによるオルタナティブ投資拡大を単純に批判する気にもなれません。なぜなら、GPIFには“特殊日本的”ともいえる問題を抱えているからです。それは、「新たな投資先がない」という問題です。

そもそも年金基金のような機関投資家は個人投資家と異なり、資産を現金で保有するという選択肢がありません。とくに日本の場合は日銀当座預金の一部にマイナス金利が適用されおり、実際に資金を預かる信託銀行がこのコストをGPIFなど大口預金者に口座手数料として転嫁しようとしています。つまり機関投資家の場合、現金で資産を保有すると期待リターンが確実にマイナスになる危険性があるのです。

資産を現金で保有できない以上、安全資産として重要になるのが国債ですが、やはり日本国債はゼロ金利が続いています。債券は償還があるので一定のウエートで保有し続けるためには再投資が必要。しかし、再投資する国債の利回りがゼロやマイナスでは、将来の金利上昇(債券価格下落)リスクばかり大きくなってしまう。

こうした状況を考慮すると、GPIFが運用資産の5%程度でオルタナティブ投資にチャレンジしようという考えになるのは仕方がないことなのかもしれません。なぜなら、GPIFは政府から目標利回りを規定されているからです。国債運用で目標とするリターンが期待できないからといって、やみくもに株式への投資を増やすわけにはいきませんから、国債よりは高いリターンが見込め、株式よりもリスクが低いと思えるインフラ投資に向かうというのは、やはり機関投資家として自然なことです。海外インフラ投資の最大のリスクは為替と流動性リスクですが、これは超長期運用が前提の年金基金だからこそクリアできるという目論見なのでしょう。

今回のニュースをきっかけに、いろいろなことを考えさせられました。現在の日本のような運用難の時代にあってGPIFのような巨大機関投資家が抱える悩みというのは、個人投資家とは比べ物にならないくらい大きい。その意味で、ロイターのインタビューに答えているGPIFの髙橋理事長の「日本の資産を買いたいところだが、国内にはインフラやPE関連の案件がわずかしかない」という発言は、実に苦渋に満ちたものだったような気がします。

だからGPIFが海外のインフラに投資するなら、政府の意向に左右されずに(それはあってはならないことです)、せめて少しづつ少しづつ慎重に慎重に行ってもらいたいと願わずにはいられません。

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