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2016年7月16日
『低迷相場でも負けない資産運用の新セオリー』―いまも色あせない“投信業界徹底批判”
先日、ツイッター上でインデックス投資や国際分散投資を始めたのは、誰の本や記事がきっかけだったかという話題がありました。カン・チュンドさんや竹川美奈子さん、山崎元さんなどの名前が挙がったのですが、私の場合はモーニングスター社長である朝倉智也さんでした(かなり少数派のようです)。とくに大きな影響を受けたのが、今回紹介する『低迷相場でも負けない資産運用の新セオリー』です。2012年の発行なので古い本に思えるかもしれませんが、これは凄い本です。とくに第1章で展開される日本の投信業界に対する徹底批判は、発刊から3年以上を経た現在でも、いまだに色あせません(それは日本の投信業界にとって寂しいことですが)。また、私にとっては新興国投資への基本スタンツを決定付けた本でもあります。単純に新興国株式インデックスに投資するのではなく、インデックスの構成内容を念頭に入れた高度な分散投資という考え方を教えてくれた1冊でした。
本書でもっとも衝撃的な部分は第1章「人気の投資信託だけでは、まともな資産運用はできない」です。ここで展開されているのは、日本の投信業界に対する徹底批判でした。例えば日本と米国の手数料水準の比較を挙げ、日本の投信業界では手数料水準が年々上昇するという異常な状態になっていることを指摘しています。ようするに日本では投資信託(とくにアクティブファンド)が金融機関による手数料稼ぎの手段に堕していることを厳しく批判しています。
手数料が上昇する要因として、商品内容が複雑化したことで投資家への説明コストがかさむという金融機関側の理屈も紹介しながら、実際はまともな説明など行われていないという実情を指摘し、高い手数料を取るためにあえて複雑な商品を積極的に販売する金融機関の姿勢を激しく批判しています。
こうした批判でとくに注目すべきは、毎月分配型投信がなぜファンド・オブ・ファンズ(FoF)形式を採用することが多いのかということを説明した部分です。ここを読んだとき、まさに目からウロコでした。毎月分配型投信は、元本を取り崩してまで特別分配金を出すことで批判されているのですが、じつは法律上は簡単に元本を取り崩して分配金を出すことなど認められていません。この法規制を逃れるために金融機関が利用しているのがFoFによるファンド設定です。つまり、毎月分配型投信というのは違法ではないけれでも、限りなく脱法的な方法で分配金を捻出しているという事実に驚かされました。
これ以外にも2012年段階で、通貨取引やオプション取引を組み込んだいわゆる2階建て・3階建て投信の異常さも指摘しています。こういったいびつな商品を生み出す日本の投信業界に対して「アメリカ人もびっくりの商品開発力」と皮肉を言うところもおもしろい。しかし、やはり本書で指摘するように国民生活センターに寄せられる「投資信託の苦情相談件数」が増加しているという事実は、いかに金融機関が投資信託を使ったハメ込みをやっているのかという厳しい現実を示唆しています。このように金融機関に遠慮会釈ない批判を展開する本書は、本当に凄い本だったわけです。
一方、資産運用の「新セオリー」の部分にも注目べき点があります。それは新興国投資の重要性を指摘していることです。現在、先進国の多くは財政問題を抱え、高齢化や人口減などの問題を抱えるの対し、新興国は人口ボーナス期となる国が多い。国家財政も先進国と比べれば余裕があり、国債の格付けも上昇傾向にあります。こうした状況を考慮すれば、短期的には浮き沈みはあるにしても、10年、20年、30年という長いスパンで見れば、やはり新興国は“買い”だと指摘します。昨年からの新興国の不振で、新興国への投資は評判が悪いのですが、やはり長期的には魅力があるという主張は、いまでも傾聴に値すると思います。
そして、新興国株式に投資する際のユニークな考え方も紹介しています。代表的な新興国株式インデックスであるMSCIエマージング・マーケット・インデックスの組み入れ銘柄は韓国と台湾の比率が高く、約25%を占めます。しかも業種もハイテク企業が多い。これら企業は先進国の景気動向に左右されやすく、先進国株式インデックスとの分散効果が出にくい。そこで朝倉さんが紹介するのが、先進国株式との連動の度合いが少ないインドネシアなどアセアン諸国の株式をポートフォリオに組み込むことでした。これは非常に面白い考え方。だから私自身も東南アジア株式インデックスに投資することで新興国株式インデックスへの投資を高度化することを実践しています。
もちろん、本書には限界もあります。それは各資産カテゴリーの相関が高まっていることから、ポートフォリオにゴールドを組み込むこと、そして先進国債券の利回り低下が進むことから、ハイ・イールド債への投資も検討することを提唱している部分です。これは評価の分かれるところでしょう。なぜなら個人投資家の場合、ゴールドやハイ・イールド債を組み込まなくとも、現金や個人向け国債を厚めに保有しながら、株式への投資を増やすことでリスクを抑えた運用ができるからです。現金の保有は金融機関からすれば運用でもなんでもないので、しかたのない面があるのですが(ただ、数億、数十億の資産を持つような富裕層にとってゴールドの保有は意味があると思います。なぜなら、資産が大きくなればなるほど、それを現金で保有した際の金融機関の信用リスクが無視できなくなってくるからです)。
そのほか、「新セオリー」に従って海外ETFやインデックスファンドを使ったポートフォリオを紹介していますが、当時としてはもっとも具体的に商品を紹介していて便利。この部分は、いまでも役に立つ情報が含まれています。ちなみに朝倉さんの推奨ポートフォリオは、先進国株式30%、新興国株式30%、先進国債券15%、新興国債券15%、ゴールド10%です。株式60%、債券30%、ゴールド10%となるわけで、ゴールドの部分を除けば、私がリスク資産の運用で採用しているポートフォリオ配分にかなり近く、個人的には非常に納得のいくものでした。景気サイクルに合わせてポートフォリオを組み換えるという方法も紹介されていますが、これはちょっとやりすぎ。なぜなら、景気サイクルを読み取るのは、かなりハードルが高いからです。
本書が刊行されて3年が経つわけですが、改めて読み直してみると、的を得ていた部分、いまだからこそ評価できる部分、いまでも同意でいない部分がいろいろと見えてきました。そういったことを確認できたのもよかった。それこそ本書で朝倉さんが強調するように「自立した投資家」になるために必要なことだからです。そういう意味でも、本書は思い出深くも、いまだに面白く読める好著なのです。
ところで今回、なぜ朝倉さんの旧著を紹介したのかというと、まさに本書の続編ともいうべき『マイナス金利にも負けない究極の分散投資術』が出たからです。これもいずれ紹介したいと思います。