2016年6月23日

なにがBrexit問題を生み出したのか―Sympathyなき時代の病



いよいよ今日23日、英国ではEU離脱の是非を決める国民投票が実施されます。はたして本当にBrexitとなるのか。いずれにしても相場への影響は無視できません。英国がEUから離脱すれば、実際に大きな損失を被るのは英国民自身だという指摘は多いわけです。最近ではジョージ・ソロスも「Brexitは、一部の人たちを金持ちにするが、多くの有権者を非常に貧しくする」「貴方たちの生活水準も急落。唯一の勝者は投機家だ」と警鐘を鳴らしています。

世の中の仕組みを知らない「下流」が英国のEU離脱を主張 離脱すれば英国における格差は拡大し、ロンドンの金融街シティはパナマ化する(Market Hack)

ソロス氏警鐘、24日はブラックフライデーも(豊島逸夫の手帖)

それでも、Brexitを望む英国民は少なくない。そういった人々を「下流」と批判するのは簡単だけれども、なぜそういった行動に走らせたのかということを「上流」の人々は考えないといけないと思う。それは、資本家や投資家といった「上流」の人々が、あまりに「下流」の人々に対するSympathy(共感)を失っってしまった結果であり、そこを逆襲されているのでは。一連の問題は、まさにSympathyなき時代の病のように思えるのです。

そもそも、なぜBrexitのような問題が起こるのかといえば、資本主義のグローバル化の流れに取り残された庶民の鬱積が限界に達しつつあるからです。英国でBrexitが議論されるのと同じように、米国ではドナルド・トランプが大統領候補になっています。トランプを推しているのも、いわゆる“プワ・ホワイト”と呼ばれる低所得者層でです。

英EU離脱派、底流に「トランプ主義」と共通する価値観(ロイター)

こういった動きを支持する人々を批判する前に、なにが彼らをそこまで追い詰めたのかということを考えなおさないといけないと思う。これまで一部の資本家や投資家は、貧しい人々を「下流」と呼び、「情弱」だと笑い、「自己責任」だと突き放してきたのではないか。そういう姿勢に、今回のような混乱を惹起した責任の一端があると思う。あまりに“持たざる者”へのSympathyが欠如していたのです。

近代資本主義の原理を明晰に解き明かしたアダム・スミスは、国富論のなかで「利己心」こそが効率的な資源配分をもたらし社会を発展させる原動力であることを指摘しました。しかし同時に、道徳感情論の中で利己的な人間がSympathy(共感)によってまとまり、市民社会を構成できると主張しています。ここにはひとつの認識の画期があって、利己心を全面的に肯定するからこそ、Sympathyが可能になるのです。




だから、ここにひとつの転倒が生まれます。利己心を肯定するからこそSympathyが成り立つなら、社会がSympathyを失えば、利己心もまた簡単に否定されてしまう。Brexitにしてもトランプ支持にしても、人は自分にとって不利益な選択をしようとしているけれども、それができるのは知らず知らずのうちに利己心を否定しているからです。そして、そこまで彼らを追い詰めたのは、やはり一部の資本家や投資家が、貧しい人々に対するSympathyを失ったからです。それが社会を分裂させる。だから社会の分裂を扇動するポピュリストは、つねに利己心を否定した言説で支持を集めようとするのは皮肉でも何でもないわけです。

そういう意味で、いまや世界はSympathyなき時代の病に侵されているともいえる。その責任の一端は資本家や投資家にあるのです。資本家や投資家といった立場の人こそ、真剣に富の再分配や相互扶助について考えないといけない。それは利己心を肯定するがゆえに生まれるSympathyの発露であり、市民社会を維持する原理なのだから。いまや貧しい人を「下流」と呼び、「情弱」だと笑い、「自己責任」と突き放すだけでは、たんなる無知の表れにすぎず、なんの批評性もないのです。
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