昨日、改正確定拠出年金法が衆議院今会議で可決・成立しました。2017年1月から施行されます。これにより確定拠出年金加入資格者が大幅に拡大され、事実上、現役世代のほとんどが加入資格を得ることになります。
確定拠出年金、主婦・公務員も対象 改正法が成立(「日本経済新聞」電子版)
確定拠出年金は課税繰り延べ効果の大きい制度であり、老後に向けた資産形成の方法としては有効な選択肢です。今回の制度改正で加入資格が大幅に拡大されたわけですが、国が大規模な課税繰り延べを認めてまで制度を拡大した意味をよく考えないといけないでしょう。そこには老後に向けた自助努力を促す国からのメッセージが込められています。このメッセージを見逃していると、将来に大変な負担を背負い込む可能性があります。世の中のルールは庶民の知らないところで変えられていくものなのです。
確定拠出年金は、掛金全額が所得控除され、加入期間中の運用益が非課税、さらに受給時には一時金受け取りなら退職所得控除、年金受け取りなら年金控除の対象となります。このため課税繰り延べ効果が大きく、退職所得控除や年金所得控除の枠内の受給で大幅な節税が可能な制度です。60歳まで換金できず、受給額も運用成績によって左右されますが、税制上のメリットが大きく、老後に向けた資産運用のツールとしては極めて有効な制度と言えるでしょう。
今回の制度改正によって、従来は自営業者と企業年金のない会社員に限られていた個人型の加入資格が、主婦や公務員、企業年金のある会社員にも拡大されています。また、企業型も制度の柔軟性が高められ、導入を容易にする環境整備が規定されています。専門家である山崎俊輔さんが早速解説をアップしています。
本日午後1時、抜本的法改正成立!最速で確定拠出年金改正の重要ポイントを解説(Yahoo!ニュース)
いろいろとポイントをついた解説がなされていますが、とくに重要なのは次の部分ではないでしょうか。
これは「老後のための虎の子の資産作りとして確定拠出年金を使ってくれ」という強いメッセージです。公的年金水準が引き下げられていく中、個人が自分でがんばるなら、国の税収が減ってでも支援するよ、と言ってきているわけですが、法律の仕組みとしても60歳までは受け取れないようにしてしまうのです。これだけ大規模な課税繰り延べを国民に認めるというのは、国からしても大変な財政負担です。それでも国は確定拠出年金制度の拡大に踏み切った。ここには国からの強烈なメッセージが込めれらていると考えるべきです。
よく「将来、年金が減らされるかもしれない」といって不満を訴える人がいるのですが、そういう人ははっきりいって勉強が足りない。将来の公的年金支給額は、「どうなるか分からない」ではなく、すでにに実質的減額が制度的に織り込まれています。なぜならマクロ経済スライドが導入されているからです。これによりインフレになれば支給額は増加しますがマクロ調整率(「公的年金全体の被保険者の減少率の実績」と「平均余命の伸びを勘案した一定率(0.3%)」)が差し引き適用されますので年金支給額は実質目減りします。デフレになれば物価下落に合わせて支給額が名目減額されます。これは不合理でもなんでもありません。保険制度というのは、つねに「負担=受給」の原則が成り立ちますので、少子高齢化で負担者が減少し、受給者が増加すれば、こういう調整を行わなければ制度が成り立たないのです。
だからこそ今回、国は将来の年金減額を国民が自力で補うための制度を用意し、税制面で最大限のバックアップを行うことをにした。社会保障というのは、つねに「自助」「共助」「公助」のバランスで成り立っています。公助の縮小が避けられないとき、「自助」「共助」を強化することが不可欠になります。だからこそ自助努力を促す制度を作ることは国としての最低限の責務でしょう。同時に、せっかく国が制度を用意しているのですから、それを活用して自助努力することが国民には求められている。
もちろん制度を利用するかしないかはあくまで個人の自己責任です。とくに確定拠出年金はリスク資産で運用する場合、給付が運用成績に左右されますから。ただ、少なくとも国が制度を用意することで発しているメッセージを理解することは欠かせない。世の中のルールとは庶民の知らないところで変えられていくものです。“知ろうとした者”だけがルールが変わったことを知り、それに合わせて行動することができる。あとから「聞いてないよ」「話が違う」とブーたれても手遅れなのです。
その意味では、メディアの役割も大きい。国が発しているメッセージをきちんと解説し、国民に届けるのがメディアの役割のはずです。安直に「老後破産」などと社会不安を煽るポルノを垂れ流すよりも、老後破産しないためにどういった自助努力が必要であり、そのためにどのような制度が用意されているかを国民に伝えるべきです。また、金融機関の姿勢も問われます。確定拠出年金は国民の老後のための虎の子資産を形成するもの。ここでボッタクリ商品を売ることは、はっきりいって反社会的行為だとさえいえる。手数料の合理性も厳しく問われてしかるべきでしょう。
いずれにしても「老後が不安だ」と文句を言っているだけでは、問題は何も解決しない。ブーたれている暇があれば、政府に改善を求める具体的な行動と同時に、自分でやれる対策はすべて実行するべきなのです。国や社会に変化を求めるなら、その前に自分も変わっていなければならない。十全な自助努力を行っている者だけが、公助と共助の必要性を真摯に訴えることができるというのがモラルハザードなき民主社会というものです。その意味では、今回の確定拠出年金制度の拡大は、国民が社会保障における自助努力の意義を確認する機会になればとも思うのです。
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【補遺】
確定拠出年金の加入資格拡大は、所得控除額の拡大による高所得者優遇ではないかという批判もありますが、掛金が所得控除される効果は、あくまで課税繰り延べ効果にすぎません。実際の節税メリットは受給時に退職所得控除や年金所得控除の枠内でのみ具現化されますので、高額の退職金や年金をもらえる高所得者ほど原則として節税メリットが小さくなります。その意味で確定拠出年金は格差是正のための制度としての側面の方が大きいといえるでしょう。
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【追記】
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