2016年4月18日

個人型確定拠出年金は加入者全員に大きな節税メリットがあるわけではない―高額の退職金を受け取る人は受け取り時の課税コストに注意



資産形成に有効な制度として注目されている個人型確定拠出年金(個人型DC)ですが、このほど私的年金制度改革の関連法案が参議院で可決され、今国会での成立が濃厚となりました。

私的年金改正案が参院通過 今国会中に成立へ(産経ニュース)

これにより従来は自営業者と企業年金のないサラリーマンしか加入できなかった個人型DCにすべての人が加入できるようになりそうです。個人型DCは掛金が全額所得控除されるので課税繰り延べ効果が大きく、老後に向けた資産形成に有利な制度です。国民の老後に向けた自助努力を後押しする動きとして歓迎したいと思います。ただ、すべての国民が個人型DCに加入できるようになると、注意すべき点もあります。それは、加入すれば必ず節税メリットが享受できるわけではないということ。受け取り時の課税コストという問題があるからです。この点に関して、非常に重要な論及がありましたのでシェアしておきます。

個人型DC、受給時に税金で損しないために(NIKKEI STYLE)

とくにサラリーマンの場合は要注意です。問題のポイントは、受け取り時に適用される退職所得控除は、勤務先から出る退職金などと合算して計算されるということと、退職所得への所得税率は累進課税だということです。だから高額の退職金をもらえる人は、個人型DCの節税メリットを大きく享受できない可能性があるのです。

記事の中でも指摘されていますが、退職所得控除額は勤続年数のうち20年までは年数×40万円、20年を超える部分は年数×70万とし、その合算で算出されます。例えば勤続30年ならば、20年×40万円+10年×70万円=1500万円です。そして退職一時金が退職所得控除の枠内なら非課税となりますが、超過部分はその1/2に対して累進課税されます。そして気をつけないといけないのは、退職一時金には企業から支払われる退職金のほか、個人型DCや適格退職年金契約に基づいて生命保険会社や信託会社から支払われる一時金もすべて合算されることです。

だから、高額の退職金を受け取る人は、個人型DCに対しても課税される可能性が高い。そして厄介なのは、個人型DCは年金保険なので一般の預貯金や投信積立とことなり、利益部分ではなく、支給額すなわち資産残高全体が課税対象になること。例えば投資信託の積立で残高800万円、うち元本700万円、利益100万円だとします。これを現金化すると通常の運用益への課税なら利益100万円に対して20%(所得税15%+住民税5%)課税されるので税金は20万円です。しかし、企業から勤続30年で退職金1500万円をもらった人が個人型DCで同じ残高を持っていた場合、退職所得控除1500万円の枠は退職金で埋まってしまいますから、個人型DCの残高800万円全体の1/2、すなわち400万円が退職所得として課税対象となります。退職所得400万円場合、所得税の税率は累進課税で20%が適用され、ここに住民税10%が加わりますから、税金は120万円です。

自分のお金を積み立てたのに利益ではなく残高全体が課税対象というのは不条理のように思えますが、もともと掛金が非課税だったわけですから、税の公平という観点で当然です。個人型DCへの拠出による節税効果というのは、正確には課税繰り延べ効果だということ。実際に上記の例で考えると、個人型DCの残高800万円のうちの元本部分700万円は拠出時に課税控除されていた。単純に所得税5%+住民税10%=15%として105万円が課税繰り延べできたわけです。だから支払いを繰り延べした税金に利益部分の税金20万円を加えた税金総額は125万円。支払い繰り延べした税金を後で払うと考えれば、ほぼ計算は合うわけです。

だから、個人型DCというのは、支払い時に退職所得控除を活用してこそ初めて課税繰り延べ効果を具体的な節税メリットとして具体化できるということです。もっとも、現実はもう少し複雑です。高額の退職金がもらえる人は現役時代の年収も高かったはずですから、個人型DC加入によって現役時に課税繰り延べできる所得税の税率が5%ではないかもしれません。そうなると、もう少し課税繰り延べによる節税額は大きくなるでしょう。運用による利益部分が大きくなれば結果的に元本部分への税率は低くなります。しかし、通常の投資なら利益部分への税率は一定ですが、退職所得への税率は累進課税なので、総額が大きくなればなるほど税率が高くなる。だから、退職金は多ければ多いほど、個人型DCの残高に対する税率が高くなる可能性があります。

なぜこんな制度になっているかというと、そもそも個人型DCは低所得者のための優遇税制だからです。つまり退職金がない自営業者や、企業年金がなく退職金も少ない中小企業のサラリーマンのために用意されているということ。だから高額の退職金がもらえるような高所得者に対しては、それほど大きな節税メリットを提供してくれないのです。しかし、それはそれで社会保障政策の一環と考えれば正当な考え方です。

いずれにしても個人型確定拠出年金は加入者全員に大きな節税メリットが用意されているわけではありません。制度改革で加入対象者が拡大されますが、加入を検討する場合は受け取り時の課税コストということにも注意する必要があるでしょうし、すでに加入している人も受給時の受け取り方法を研究する必要があるのです。

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