(出所:GPIFのホームページ)
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が11月30日、2015年7~9月の運用成績を公表しました。結果は7.8兆円のマイナスです。さっそくメディアも報道していますが、比較的冷静に詳細を報じているのはロイターの次の記事でしょう。
GPIF、運用改革後初の赤字 7―9月に7.8兆円の損失(ロイター)
日本のメディアにはセンセーショナルに現在の年金運用の在り方を批判する論調がありますが、そもそもわずか3カ月という短期の運用成績をもって年金という超長期運用の在り方を批判するというのは、まったくナンセンスです。逆に国民の年金運用に対する理解をミスリードする結果になっているのは残念なことです。今回の結果を見て騒いでいる人は、冒頭に掲げた表とグラフをよく見てください。市場運用を開始した2001年度以来、GPIFの累積収益額は45兆円を超えます。いろいろと問題はあるにせよ、現在のGPIFは、まずまず順調な運用成績を上げていると考えていいのでは。国民の年金資金を株式で運用することはケシカランという意見もありますが、では何で運用すればいいのでしょうか。たしかに運用には損失を被るリスクもあります。しかし、そのリスクを受け入れられないなら、また別のリスクを国民は負わなければなりません。
ご存じのとおり、7~9月はチャイナショックに端を発する世界同時株安で、株式市場は非常に厳しい環境でした。そうした中でも、率で見ればマイナス5.59%で済んだというのは、まずまずの結果だったとさえいえます。ロイターの記事にあるように、資産ごとに見れば、国内株式がマイナス12.78%、外国株式がマイナス10.97%、外国債券がマイナス1.26%、国内債券がプラス0.6%だったわけですから、きちんと分散効果によるリスク低減ができています。
国民の大切な年金を株式で運用すること自体を否定する人もいるのですが、そういった人はいったい何で運用すべきと考えているのでしょうか。まさか国債100%で運用すべきというのでしょうか。しかし、現実問題として日本のような少子高齢化社会で、賦課方式の年金制度を国債100%の運用で維持することはできません。アメリカの公的基礎年金であるソーシャルセキュリティは特殊な米国債100%で基金を運用していますが、これさえ金利収入が給付額増加に追いつかず2033年には基金が枯渇すると予想され、大変な社会問題になっています。
米国の公的年金、ソーシャルセキュリティ 枯渇する恐れがある公的年金の信託基金(大和総研)
長期金利がだいたい年2%以上ある米国債で運用してもこの有様ですから、長期金利がわずか年0.3%の日本国債100%で年金基金を運用すればどうなるでしょうか。あっという間に基金は枯渇するでしょう。
こういう現実があるから、日本の年金も運用の在り方を抜本的に変更し、現在のように株式のウエートを増やすことに踏み切ったのです。一部の人は「安倍政権による年金資金を使った株価つり上げ」と言って馬鹿にしますが、それほど政府は馬鹿ではありません。厚生労働省の社会保障審議会の中にある「年金財政における経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会」の議事録をよく読んでください。それこそ民主党政権時代の2011年10月から、専門家を交えた高度な議論と検討を延々と繰り返してきたことが分かります。
社会保障審議会(年金財政における経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会)(厚生労働省)
確かに株式による運用にはリスクがともないます。現在のGPIFのアセットアロケーションのリスクレベルが、国民のリスク許容度に合っているのかという問題はあります。しかし、運用リスクを否定すれば、国民は別のリスクを負わなければなりません。現在の公的年金は保険方式ですが、運用を止めるならば保険方式ではなく税方式の年金制度への変更が必要になるでしょう。そうなれば、恐らく税率は現在の所得税・住民税15%、消費税8%では収まりません。高率の社会保障税が創設される可能性もあります。そして、その税率は少子高齢化という人口動態の変化に合わせて、上昇を続ける可能性もあるでしょう。それは、運用リスクとは別のリスクです。
あるいは賦課方式を止めて個人勘定を導入した積立方式に変更すべきという人もいます。しかし、これも現実的には不可能です。なぜなら、積立方式に変更した段階で、実際に給付を受ける人には個人勘定に計上される積立残高がほとんどないからです。結局、その分は現役世代が負担することになる。現役世代は自分の積立分と受給者の給付分を二重に負担することになります。また、積立方式では、よほど上手く運用しないと終身給付を実現することは難しいでしょう。インフレ耐性も脆弱になります。
現在の日本の公的年金制度には様々な問題があることは事実です。しかし、年金制度の改革というのは、国民の現時点の生活や将来のライフプランに直接影響するものですから、一気にガラガラポンと変えることはできない。だから、GPIFによる運用で少しでも積立残高を延命しながら、その間に少しずつ改革を進めていくしかないのです。その意味では、現在のGPIFの運用というのは、ベストではないけれどもベターな方法ではないでしょうか。
だから、今回のGPIFの運用成績を見て騒いでいる人は、“運用=ギャンブル・悪”と脊髄反射的に考えてしまうのではなく、落ち着いて年金運用とは何ぞやということを学び、考えるよい機会にして欲しいと思います。そしてGPIFが運用で時間を稼いである間に、国民が真に求める年金制度とは何なのかを議論すべきなのです。
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【追記】
今回のGPIFの運用成績の評価について、ブルームバーグの記事がよくまとまっていました。
年金界のクジラGPIF、過去最悪の運用成績でもリスク資産投資(ブルームバーグ)
ここで紹介される専門家の意見の中でも、三井住友信託銀行の瀬良礼子マーケット・ストラテジストによる「短期的な成績悪化への批判は出るだろうが、国民的な「金融リテラシーの問題」なので、右往左往せずに信念を持って説明責任も果たしていくべき」という指摘は実に手厳しいものがあります。