妻が漫画大好き人間で、しょっちゅうコミックを買ってきます。それで私も何気なく妻の蔵書を読むのですが、ときどき妻以上に私が熱中してしまう作品に出くわします。今年読んだ中で最高だったのが、渋谷直角『デザイナー 渋井直人の休日』『続 デザイナー渋井直人の休日』。1巻は2017年に単行本になった作品なのでいまさら紹介するのも遅いのですが、あまりに熱中し過ぎて、ついついブログに書きたくなりました。おかしくて、そして悲しい“男の性(さが)”から目が離せません。
主人公の渋井直人さんは50代独身のデザイナー。センス抜群のおしゃれ生活を満喫し、仕事もそこそこ順調という羨ましい境遇ですが、なぜかいつもちょっとハズしてしまって、残念な展開が続きます。原因はだいたい決まっていて、抑えきれない性欲と、それを認められない自意識なのですが、そういった“男の性”がおかしく、そして悲しい。いろいろと身につまされて、目が離せないくなります。
私は渋井さんよりちょっと下の世代ですが、青春時代にサブカルの洗礼を受け、クリエーションの世界を目指したこともある(実際に現在の仕事は、ちょっとだけクリエーションに関係しているのですが…)ので、どのエピソードを読んでも(いわゆる“業界”の実情も含めて)「あるある」「それ、分かるわ~」という感想しかなく、オチで渋井さんと同じようにへこんでしまうのでした。ペーソスがありながら、どこかカラっとしたユーモアが最高です。
人は誰でも“こうしたい”“こうありたい”という理想があります。それを実現することは幸せなことだけれども、代わりに失うものがあったりもします。世間ではそれを“普通”とか“当たり前”と呼ぶわけです。多くの人は理想と現実を妥協させながら生活するわけですが、才能や能力のある人は現実を超えて理想を実現してしまう。それは幸せなことだけれども、孤独でもあったりする。そして孤独を贖うために自意識が肥大するわけです。
そんな自意識と現実の葛藤の中で、いくつになっても逡巡し続ける渋井さんの姿が、なんとも好もしい。それは痩せ我慢だけれども、美学でもあるからです。そういた“男の性”がユーモアたっぷりに描かれているのがこの作品でしょう。カッコ悪いけれども、カッコいい。そんな渋井さんから、やはり目が離せなくなりました。
本作は2019年にドラマ化もされていて、これも最高でした。主演が光石研というのも絶妙で、作品の雰囲気をいい具合に解釈しています。
ドラマ版を観てからというも、光石研が渋井さんにしか見えなくなったぐらい。光石本人もお洒落超上級者として有名で、最近では雑誌「Pen」のYouTubeチャンネルで「光石研の東京古着日和」というコンテンツが配信されています。ファッション版「孤独のグルメ」と言われていますが、やはり私には渋井直人にしか見えません。
その筋では有名な作品ですが、まだ読んでいない人にはぜひお勧めしたい作品です。