2019年5月20日

米国の高校教師が取り組む貧困脱出のための金融教育



貧困の原因はいろいろありますが、よほどの低収入や特殊事情(これらはいずれも社会福祉の対象です)を除くと、その原因の多くはお金の「使い方」「貯め方」「殖やし方」を知らないというところにあるケースが少なくありません。このため貧困脱出のための有力は方法のひとつとして金融教育の充実が挙げられているのですが、米ペンシルベニア州にあるチャータースクールの先生がユニークなプログラムを実施しています。低所得家庭の生徒たちに銀行口座に開設方法から家計の収支管理、そしてインデックス投資まで教えているのです。さすが米国、なにごとも実践的だと感心すると同時に、生徒が貧困を脱出するためには、それこそイデオロギー闘争などはいったん措いて、所与の条件の中で可能な手段をすべて動員しようする先生の熱意に感心しました。

米国の公立学校制度にはチャータースクール(公募型研究開発校)という仕組みがあります。保護者や地域住民が資金やスタッフを集め、独自のニーズによる学校設立を当局に申請し、認可されると公的資金が交付されるもので、一種の公設民営学校です。そのチャータースクールのひとつ、ペンシルベニア州フィラデルフィアにある低所得者層が多く通うオルニー・チャータースクールのユニークな取り組みがメディアで紹介されています。

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教頭でもあるダン・ラサール先生が始めた資産管理に関するプログラムは、助成金や寄付金を原資に生徒にアルバイトを提供し、その収入の管理を通じて実践的な資産管理・金融教育を行うものです。その内容が極めてシンプルで穏当。「質素に生きる」「収入の10~20%を貯金する」、そして「インデックス・ファンドに投資する」がコンセプト。そのためにラサール先生は実際に預金口座の開設やインデックス・ファンドへの投資も手伝うそうです。倹約や貯金の重要性を教えることは古くから教育の中で行われていましたが、そのための具体的な手続きまで指導しているのです。

そして貧困から脱出するだけでなく、さらにもう一歩進んで“余裕ある暮らし”への道筋を示しているところがラサール先生の凄いところでしょう。貯金や家計管理だけでなくインデックス投資による“お金の殖やし方”にまで踏み込んでいます。「クラスの全員が、人生のどこかの時点でミリオネアになることが目標」というのは、なかなか夢のある話。そして、ラサール先生の言葉はじつに具体的です。
「人類の文明において、株式市場はただ1つの、最高の財産を生み出すもの」
日本なら「子供に金儲けのことを教えるなどけしからん」と怒る人がいるかもしれません。しかし、それは世界の現実を知らない浅い考えです。ラサール先生の次の言葉は、本当の低所得家庭が置かれている深刻な状況を示しています。
「うちは低所得者層が多く通う学校です。小遣いをもらっていない子どももいれば、フードスタンプの対象で、ランチを100%無料で受け取っている子どももいます。このプログラムによって、子どもたちは数千ドルを持って学校を卒業することができます。」
「給料を手にし、若いうちに金融リテラシーや金融手法を身につけること以外に、自分の経済的な未来をどう変えるか、彼らが学ぶために手伝えることが思いつかないのです。」
実際にプログラムに参加した1期生30人のうち、半分の生徒は親が銀行口座すら持っていませんでした。文字通り、その日暮らしの生活を送っているわけです。こうした家庭では、私たちが普通のことだと考えている家計管理のノウハウすら家庭内で継承されません。このため貧困が世代を超えて再生産されているのです。この負の連鎖を断ち切るために、ラサール先生は一歩踏み込んだ金融教育プログラムを始めたわけです。やはりラサール先生は次のように話します。
「彼らの家族にとっては、なじみのないコンセプトでしょう —— 多くの家庭が政府の支援を受けています。それでもわたしは、生まれは貧しくとも、質素な生活をし、できるだけの投資をし、給料の10~20%を貯金し、低コストなETFに投資することで、ミリオネアになれると子どもたちに教えています。」
ラサール先生の取り組みを見て感じるのは、イデオロギー闘争などはいったん措いて、所与の条件の中で可能な手段をすべて動員することで少しでも生徒を貧困から脱出させようとする熱意です。確かに株式投資をしなければ貧困から脱出できないという現在の資本主義社会の仕組みの是非はあります。しかし、現実問題として生徒たちはその仕組みの中で生きているわけです。ならば、その仕組みの中で少しでも役立つ知恵を会得できるようにするのが教育者としての使命ではないでしょうか。システムの是非を問うことと、そのシステムの中でサバイブすることは決して矛盾しないし、それどことか同時並行でやるべきことのはずです。なぜなら、生徒たちの人生は、この瞬間一回限りのものであり、システムが是正されるまで待つ時間的余裕はないのですから。

そして、ラサール先生の挑戦は、確実に成果を上げているようです。記事の最後で紹介されている生徒の言葉がそれを証明しています。
プログラムに参加しているマーキス・メリックスさん(16歳)は、このプログラムとラサール氏の教えを「人生を変える経験」と呼んでいる。貯金や投資の手段と「ミリオネアのメンタリティー」を自分に与えてくれたと、マーケットウォッチに語った。初めての給料を手にしてから、メリックスさんは給料の半分を貯金し、半分を使うという。
日本でも若年層の貧困問題が大きくなっています。しかし、その原因の多くは米国同様、金融リテラシーの欠如からくるもののケースが少なくありません。ラサール先生のような取り組みが日本でも必要ではないでしょうか。

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