いろいろとビッグニュースです。低コストインデックスファンドシリーズである大和証券投資信託委託の「iFree」とアセットマネジメントOneの「たわらノーロード」がそれぞれ信託報酬の引き下げを発表しました。
iFree6ファンドの運用管理費用(信託報酬率)の引き下げについて(大和証券投資信託委託)
「たわらノーロード」の信託報酬を一部引き下げ-インデックスファンドシリーズとしての魅力度向上を目指して(アセットマネジメントOne)
両社とも新規ファンドの設定ではなく既存ファンドの信託報酬を引き下げるという方法を採用しました。素晴らしいと思います。これこそが受益者が待ち望んでいた低コスト化の王道だからです。そして、恐らく両社とも2018年から始まる「つみたてNISA」に向けた動きでしょう。そう考えていたら、あることに気づきました。「つみたてNISA」には、金融庁による金融機関に対する恐ろしい罠が仕掛けられていたのです。
「iFree」は10月2日から、「たわらノーロード」は12月30日から一部ファンドの信託報酬が引き下げられます。引き下げ後の両シリーズのラインアップと信託報酬は以下のようになります。
いずれも最安値、もしくはそれに準じる水準への大幅な引き下げです。とくに先進国株式インデックスファンドの信託報酬が0.2%を割り込む水準にまで低下したのは驚きです。さらに資料を注視すると面白いことに気づきます。それは、両シリーズとも「つみたてNISA」対象予定商品を中心にコストを引き下げているのです。明らかに「つみたてNISA」に向けた動きだということが明瞭です。
金融庁よって金融機関に仕掛けられた「孔明の罠」
そこで、ハタと気づきました。これこそが金融庁が「つみたてNISA」に仕込んだ、恐ろしいカラクリの結果ではないかと。そう、「つみたてNISA」には金融機関に対する恐ろしい罠が仕掛けられていた。「これは孔明の罠だ」。
何が言いたいのかと言うと、こういうことです。従来、日本の運用会社は販売会社などの利益を重視し、既存ファンドの信託報酬を引き下げることをほとんどしてきませんでした。そのため低コスト競争が起こった場合も、多くがマザーファンド同じくする別のベビーファンドを新規設定する方法を採用してきた。このため一物二価どころか三価、四価という歪な状態になっていました。
ところが「つみたてNISA」は、ファンド新規設定による低コスト競争というやり方を事実上不可能にしてしまったのです。その秘密は「つみたてNISA」対象ファンドとなるためには一定の要件を満たした上で金融庁に届出が必要な点にあります。
例えば、ある運用会社が「インデックスファンドA」を「つみたてNISA」対象ファンドとして金融庁に届け出て運用していたとします。しかしコスト面で競争力がなく、純資産が増えなかった。そこでコスト引き下げを模索しますが、既存ファンドから得る信託報酬は減らしたくない。なので同じマザーファンドを使う「インデックスファンドB」を新規設定し、信託報酬を「インデックスファンドA」よりも低く設定することで低コスト競争を戦おうとしたとします。
このとき「インデックスファンドB」が「つみたてNISA」対象商品となるためには、改めて金融庁に届け出なければなりません。ここに「孔明の罠」がある。もし金融庁に「既に『インデックスファンドA』があるのに、なぜマザーファンドが同じで事実上同一ファンドといえる『インデックスファンドB』を設定するのですか?」と問われたら、運用会社は答えるべき言葉がありません。正直に「既存ファンドから得る信託報酬を減らしたくないので…」と答えたら、それこそ金融庁に「それはフィデューシャリー・デューティーに適いますか? 顧客本位の業務運営ですか?」と詰められる危険性があるのです。
ここで運用会社がキレて「すいません。本当は既存ファンドの信託報酬を引き下げたいのですが、販売会社である〇〇銀行の同意が得られませんでした」とぶっちゃけたとする。すると今度は〇〇銀行に対して金融庁が、どういった“対話”を求めるのか、想像するだけでも恐ろしい。そして、ここにも「孔明の罠」がある。金融庁への届出制のおかげで、運用会社が既存ファンドの信託報酬引き下げを求めた際に、販売会社はそれを拒否することが事実上できなくなるのです。なぜなら、届け出を通じて金融庁と接触するのは、あくまで運用会社です。販売会社からすれば信託報酬引き下げへの協力を拒否すれば、それを金融庁に報告されるリスクを常に負う。それは恐ろしいリスクです。
じつに巧妙なカラクリで金融庁はファンドの新規設定による低コスト化という邪道を封じながら、既存ファンドの信託報酬引き下げの障害となりえる販売会社の影響力を削いでしまった。これで運用会社は少なくとも「つみたてNISA」では、既存ファンドの信託報酬引き下げによる低コスト競争を戦うしかなくなったのであり、販売会社もそれを認めざるを得なくなったわけです。金融機関からすれば、このカラクリに気づいたときには、まさに「げーっ、孔明!」といった心境だったことでしょう。
しかし金融機関も馬鹿ではないので「待てあわてるな。これは孔明の罠だ」と気づいた人もいたはず。そこで対策としては、無理な低コスト競争を避けるという考え方が販売会社を中心に出てくるはずです。しかし金融庁の恐ろしい点は、販売会社に対しても別の「孔明の罠」が仕掛けられていたことです。タイミングよく次のような報道が出ています。
金融庁が主要行に立ち入り検査へ、顧客本位の取り組み点検-関係者(ブルームバーグ)
聞き取り調査だけでなく事前通告の上で支店での接客の様子を評価することなどを検討しているとか。これも「つみたてNISA」に向けた動きだそうです。金融庁が販売会社の接客を評価するとはどういうことか。具体的にどういった商品を薦めているのかも確認されるはずです。ここで販売会社が信託報酬最安値のインデックスファンド以外を顧客に薦めた場合、やはり金融庁に「なぜコスト最安値の商品を薦めなかったのですか? フィデューシャリー・デューティーの観点から合理的に説明して下さい」と聞かれる危険性がある。この問いに販売会社が答えるのは至難の技です。
これが何を意味するのかと言うと、販売会社は少なくとも「つみたてNISA」におけるインデックスファンドに関しては、コスト最安値の商品しか顧客に薦めることができなくなるということです。そして、これは運用会社からしても重大な意味を持ちます。すなわち「つみたてNISA」対象のインデックスファンドでは、コスト最安値かそれに準じるコスト水準の商品しか販売会社が顧客に薦めてくれなくなるということだからです。
「つみたてNISA」を中心に、全てがつながる大計略に空恐ろしさすら感じました。そして、既に金融機関はこの“孔明の罠”にはまってしまった。もはや逃れることはできません。生き残るためには「つみたてNISA」で徹底的に競争し、対象商品となった既存ファンドの純資産を増やすことで収益を上げるしかなくなった。そのためには、やはり徹底的に低コストを追求しなければならない。そうしなければ、そのファンドは生き残ることができなくなったのです。そして実際に運用会社も腹を括ったのでしょう。ここにきて運用会社が「つみたてNISA」対象商品の信託報酬引き下げに本気になって取り組んでいるのは、その表れに違いないのです。
しかし、忘れてはいけないのは、金融庁はなにも金融機関をいじめているのではないということです。それどころか「つみたてNISA」のような制度を通じて若い顧客を獲得しなければ、金融機関は生き残れないという監督官庁としての強烈な行政判断があり、それは的外れではないのです。それはこのブログでも指摘しました(関連記事:証券会社が生き残るためには積立投資の普及しかない)。そして、そういった金融機関の将来的な生き残り策への道筋を示すことこそが、この“孔明の罠”の本当の目的でしょう。まさに「つみたてNISA」には、畏るべき大計略が秘められていたのです。
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今回の記事は私の個人的な見立てに過ぎませんが、当たらずとも遠からずではないでしょうか。じつは今回のようなことは「三井住友・DC」シリーズの信託報酬引き下げの一報があったときに薄々感じたのですが、その時は軽視していました。しかし今回、「iFree」と「たわらノーロード」の動きを見て、確信に変わりました。今後、他の運用会社(例えばニッセイアセットマネジメントや三菱UFJ国際投信など)がどう動くかで、さらに明瞭になっていくと思います。
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