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2017年7月17日
「劣悪な金融商品」とは「顧客のニーズに反する金融商品」です
先日、「「劣悪な金融商品が存在するのは、それを買う投資家にも責任がある」という理屈が成り立たない理由」という文章を書いたところ、「劣悪な金融商品とは何かを定義しないと議論がすれ違う」というご指摘を受けました。確かにごもっとも。ちょっと言葉足らずでしたね。私が考える「劣悪な金融商品」の定義は簡単です。それは「顧客のニーズに反する金融商品」です。そして、顧客のニーズに反する金融商品を販売するのは、金融機関として顧客との信認関係における善管注意義務、すなわちフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)に反するということを言いたかったのです。
資産運用というのは高度に専門化された分野ですから、資産運用のための金融商品というのは通常の商品と違って売り手と買い手の間の情報の非対称性が極めて大きいです。だからこそ売り手と買い手の関係は対等な契約関係だけではなく、買い手が売り手を「信じて託す」という信認関係に基づくものにならざるを得ません。そこでは売り手には幅広い裁量が認められる代わりに、買い手の利益を最優先に考える受託者責任を負う。これは医療や法務、教育などの分野と同じです。
そもそも金融商品の買い手には、その商品の購入を通じて実現したいニーズがあるはずです。だから金融商品の売り手は、そのニーズの実現を最優先する義務がある。逆に言うと、顧客のニーズに反する商品は「劣悪な商品」であり、そんな商品を販売することは金融機関として顧客のニーズを最優先していないことになるのですから、それは善管注意義務に反する。すなわちフィデューシャリー・デューティーを全うしていないということになるのです。
例えば毎月分配型投資信託の場合どうなるのか。この商品の特徴を考えると「毎月分配金が欲しい」「手数料は高くてもかまわない」「元本払い戻し金(特別分配金)になってもかまわない」というニーズを持つ顧客にとっては劣悪な商品ではないし、販売することも悪いことではありません。しかし、「毎月分配金が欲しい」けれども「手数料は少ない方がいい」「元本払い戻し金は困る」というニーズを持つ顧客にとってはニーズに反するわけですから、これは「劣悪な商品」ですし、そういった顧客に対して毎月分配型投信を販売することは金融機関としてフィデューシャリー・デューティーに反する。
毎月分配型投信は大々的に販売されているわけですが、はてさて、購入者は全て前者のようなニーズを持っているのでしょうか。実際は後者のようなニーズを持つ顧客がけっこういるのでは。もしそうなら、そういった顧客に対して金融機関は毎月分配型投信を販売するのではなく、例えば分配回数の多いETFなどによるポートフォリオ提案などをすることがフィデューシャリー・デューティーに適うはず(関連記事:毎月分配金を欲しがる人には個人向け国債とETFを薦めなさい―お薦め商品を考えてみました)。その方が顧客のニーズにより適っているわけですから、それを薦めることが信認関係における金融機関の善管注意義務です。
もうひとつは、そもそも顧客のニーズに合っているのか判断する埒外の商品というのがあります。例えばオプション取引を組み込んだ投資信託や仕組債などです。こうした金融商品を販売する場合、顧客に「オプション取引によるプレミアム収入を得たい」「そのためのリスクを負ってもかまわない」というニーズがなければなりません。しかし、顧客がこうしたニーズを持つためには、そもそもオプション取引の仕組みを理解していることや、プレミアム水準の有利・不利を判断できることが前提となるはず。オプション取引を組み込んだ投資信託や仕組債もけっこう大々的に販売されているわけですが、はてさて、購入者は全てオプション取引の仕組みを理解し、プレミアム水準の有利・不利を判断して商品を購入しているのでしょうか。
もしオプション取引の仕組みやプレミアム水準の有利・不利を理解・判断できない顧客にオプション取引を組み込んだ投資信託や仕組債を販売したとするなら、それは顧客のニーズの埒外の商品を販売していることになります。はたしてこれがフィデューシャリー・デューティーに適っていると言えるのでしょうか。かりに顧客の方から要求されても、その顧客に適合性が無いと判断すれば、金融機関は販売を断るべきなのです。それは患者から過剰な薬の処方を要求された医師が、それが治療にとって有益でないと判断したときに処方を断るのと同じ理屈です。
資産運用に関わる金融商品の販売というのは信認関係に基づく裁量が認められているからこそ、常に「顧客のニーズ」に対して真摯な分析が必要なはずです。日本の金融機関はそれが十分ではなかったのでは。だから結果的に「劣悪な金融商品が多い」と批判される。べつに手数料が高い商品が劣悪なのではありません。利益が出ない商品が劣悪なのでもありません。ただ、顧客のニーズと実際に販売されている商品の特性に乖離があるということです。そして金融機関はその乖離に対してほっかぶりして収益を上げてきた。そういうご都合主義の姿勢が、そもそも「劣悪」だと思うのです。