このほど金融庁が開いた「積立NISA説明会」に参加してきました。定員30人と小規模な催しでしたが、金融庁が個人投資家と直接意見交換するというのは良いとだと思います。説明会では制度説明よりも質疑応答の時間の方が多く、当局と個人投資家の間でかなり突っ込んだ議論がなされました。私もいくつか意見を述べたのですが、議論を通じて見えてきたのは、金融庁がなぜ積立NISAという制度を創設したのかという目的です。そこには金融庁だけでなく、国家の大きな意志が込められているような気がします。
2018年から始まる積立NISA制度については、有識者会議での検討を経てほぼ概要が固まっています。
「長期・積立・分散投資に資する投資信託に関するワーキング・グループ」報告書(金融庁)
現行NISAの年間投資額上限120万円・」非課税期間5年に対して、積立NISAでは年間投資額上限40万円・非課税期間20年となります。現行NISAの終了年度である2023年までは両制度は並立し、単年ごとに選択が可能だそうです(現行NISAと積立NISAを両方とも選択することは不可)。そして2023年以降は、現行NISAが延長されない限りは積立NISAに制度が一本化される見通しです。
対象商品への規制は極めて厳しい
積立NISAの大きな特徴として、積立NISA口座で購入できる金融商品に関してかなり厳しい規制が租税特別措置法施行令に基づく告示で定められてていることがあります。
租税特別措置法施行令第二十五条の十三第十三項の規定に基づき内閣総理大臣が財務大臣と協議して定める要件等を定める件(内閣府告示)
これによると積立NISAの対象となる金融商品は「公募株式投資信託」と「指定されたインデックスに連動する一定のETF」に限られ、公募株式投資信託も「指定インデックス投資信託」と「指定インデックス投資信託以外の投資信託」となります。金融庁の説明会では、それぞれ告示された条件に関してかなり詳細な説明がありました。まず、全ての共通要件として「信託契約期間が無制限または20年以上」「分配頻度が毎月でないこと」「ヘッジ目的の場合等を除き、デリバティブ取引による運用を行っていないこと」と定めた上で、それぞれに細かい制限が加えられます。簡単にまとめると以下のようになります。
〔指定インデックス投資信託の要件〕
・告示において指定されたインデックスに連動していること
・主たる投資の対象資産に株式を含むこと
・販売手数料:ノーロード
・受益者ごとに信託報酬等の概算値が通知されること
・金融庁への届出がされていること
・国内資産を対象とするものの信託報酬:0.5%以下(税抜)
・海外資産を対象とするものの信託報酬:0.75%以下(税抜)
〔指定インデックス投資信託以外の投資信託の要件〕
・純資産が50億円以上
・信託設定以降、5年以上経過
・信託の計算期間のうち、資金流入超の回数が2/3以上であること
・主たる投資の対象資産に株式を含むこと
・販売手数料:ノーロード
・受益者ごとに信託報酬等の概算値が通知されること
・金融庁へ届出がされていること
・国内資産を対象とするものの信託報酬:1%以下(税抜)
・海外資産を対象とするものの信託報酬:1.5%以下(税抜)
〔ETFの要件〕
・告示のいて指定されたインデックスに連動していること
・主たる投資対象に株式を含むこと
・最低取引単位が1000円以下
・販売手数料:1.25%以下(口座管理手数料もゼロ)
・受益者ごとに信託報酬等の概算値が通知されること
・金融庁に届出がされていること
・国内取引所に上場しているもは、円滑な流通のために措置が講じられているとして国内取引所が指定するもので信託報酬:0.25%以下(税抜)
・外国取引所に上場しているものは、純資産残高が1兆円以上、信託報酬:0.25%以下(税抜)
これは相当に厳しい規制です。現在、日本には5000本以上の投資信託がありますが、実際にこの要件を満たす商品は50本程度しかありません。「指定インデックス投資信託以外の投資信託」に区分されるアクティブファンドに限ると、現段では5本しか存在しないということです。これほど厳しい規制をかけるところに、金融庁が積立NISA制度に込めた重大な意志を読み取るべきでしょう。
金融庁は積立NISAで一切の“ボッタクリ”を許さない
まずはっきりしたことは、積立NISAは自分で金融商品を比較検討して商品選択できるような投資経験者のことは一切考慮していないことです。金融庁がターゲットにしているのは、これまで投資経験のない層です。そういった人たちがなぜ投資していないのかと言うと、「投資は怖い」という感覚が強いからにほかなりません。なぜ「投資は怖い」と思うのか。それは過去に金融機関による“ハメ込み”や“ボッタクリ”行為が横行していたからです。現在でも高コストなデリバティブ取引を組み込んだファンドが多数組成され、回転売買も横行してきました。そんな状態で庶民が「投資は怖い」と思うのは、ある意味で正しい認識でした。投資が一般化してこなかったのは、こうした状況から身を守る庶民の知恵が生んだ結果でもあるのです。
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金融庁はこうした現状を変えようとしている。説明会でも冒頭に金融庁として「家計の資産形成の促進に向けた取り組み」についての説明がありました。そこでは「実践的な投資教育」によって長期・積立・分散投資の有効性を国民が実地によって学ぶ必要性が指摘されています。つまり、積立NISAというのは、これまで意識的か無意識的かかは別にして、投資に対して距離をとっていた人に対するチュートリアルとして用意されているといえそうです。だからこそ、“ボッタクリ”の原因となりやすい要素は一切が排除されている。さらにコストに関しても信託報酬の年率提示だけでなく、実際に支払った金額の概算値を受益者に通知することが義務付けられました。これは画期的な制度です。これまで以上にコストの合理性に対する厳しい精査が行われるからです。
こうした金融庁の厳しい姿勢は、ETFの関する規定にも読み取ることができます。現在、ETFは口数購入しかできず、1口価格も日々変動しています。しかし積立NISAでは最低投資金額が1000円以下と規定されたことで、証券会社ななど販売会社は株式累積投資(「るいとう」)のような共有持分方式のシステムをETFでも整備しなけれなりません。これは信託報酬額の通知と合わせて、金融機関にとって大きな負担です。しかし、それだけの負担を金融機関に課してまで制度を推し進めようとするのは、積立NISA制度が金融庁による「政策」として推し進められている証左でしょう。「政策」である以上、監督官庁として金融機関に協力を求めるのは当然だからです。「国家の意志」に基づく「政策」というのは、常に民間企業の損得よりも優先されます。それが国家というものです。
国家の意志は“国民に株式を買わせること”である
では、なぜそこまでして金融庁や国は国民の間で投資を普及させようとしているのか。投資はリスクが伴いますから、本来は国などが軽々に国民に推奨してはいけないはずです。この点について説明会でかなり質問したのですが、金融庁の担当官ははっきりと「積立NISAの目的は、預貯金として眠っている国民の金融資産900兆円を株式に動かすことだ」と明言しました。だから、積立NISA対象商品にも株式が必ず投資対象に含まれていなければならないのです。積立NISAの目的は、国民に株式を買わせることにほかなりません。これこそが積立NISAに込められた大きな国家意志です。
そもそも近代の国民国家の目的は「国民の安寧と生活向上」に尽きるわけであり、そのための方法論が「富国強兵」でした。まさに積立NISAの創設というのも、大きな目的は国民の金融資産を株式に動かすことで「富国」を実現しようというのが国家の方針としてあるわけです。なぜ「富国」のために国民の資産を株式に動かさなければならないのか。それは、日本のような成熟経済の先進国において、従来のような「殖産興業」だけでは「富国強兵」が実現できないからにほかなりません。
成熟経済において経済のフローを拡大するためには、生産の拡大だけでなくストックの活用が欠かせない。日本のような先進国においで最大のストックは国民の金融資産です。実際に欧米諸国は株式投資という形で国民のストックを活用してきました。そこから生み出されるフローも加えることで成熟経済における成長を実現したのです。日本はこれが欠けていたからこそ、欧米に比べて国民資産の成長が鈍かったという反省が国にはあるのでしょう。それは「富国」を十分に実現できなかったという反省です。
だからこそ、国は国民の間で株式投資が普及し、ストックを活用した成熟経済における成長モデルへの転換を目指していると感じます。そしてストックの活用とは、日本に投資することではありません。それよりも海外資産に投資することの方が重要になる。日本経済は成熟していて大きな成長が見込めないからこそ、逆に海外に投資することで、海外から富を日本に還流させることが求められる。だからこそ積立NISAでは国際分散投資が強烈に要請されているのです。ここにもまた国家の強烈な意志があるのです。
国はいま本気で国民の資産形成を支援しようとしています。それは、ストックを活用した成長モデルにおいては、国民の資産こそが「富国」の基盤だからです。国民の資産が増えなければ「富国」が実現できないのです。こうした国家意志に基づく「政策」として積立NISAが創設されたのだと思う。だからこそ、それを阻害するような行為、つまり国民の富を掠めるような金融機関の“ボッタクリ”行為は、国家の意志に対する反逆として強権的に排除される。積立NISAの対象商品規制が極めて厳しい理由もここにあります。
今回、金融庁による積立NISA説明会に参加して、国民の資産形成を支援することで「富国」を実現しようという“国家の意志”を強烈に感じました。さらに、これは金融庁も決して明言しませんが(明言すると社会不安を惹起する可能性があるから)、積立NISAには財政的な制限が強まる公的年金制度を補完する意味もあるように感じます(恐らくiDeCoの拡大も同じグランドデザインに基づいて実施されている)。これもまた国民の資産形成を支援する隠れた狙いでしょう。そもそも国民の老後の生活が破綻しては「富国」など夢のまた夢です。そういったことも含めて、国の本気度は極めて高い。そして金融機関にもこうした「政策」へのコミットメントを求めているのです(同時にそれは、そこにしか金融機関としての持続的な成長基盤がないという監督官庁としての至極真っ当な指導だと思う)。
それでも最後は“自己責任”の原則が貫徹される
国が本気で国民の資産形成を支援しようとしていることは、私のような庶民にとっては歓迎すべきことです。これまで「投資は怖い」「金融機関にハメ込まれるのは嫌だ」と感じて、投資から距離を置いていた人たちも、積立NISAなら少なくとも“ボッタクリ”の不安からは解放されて安心して投資できます。そうすれば、いまよりももっと安心して投資にチャレンジできるし、そのためのハードルも下がります。そうやって株式投資が一般に普及することで国民の資産形成が促進され、結果として「富国」が実現できる。これが国も目指す“好循環”ということになります。
ただ、一方で注意する必要もあります。それは、国は確かに国民の資産形成を支援するけど、それはあくまでマクロな視点に基づく環境整備にすぎないということです。積立NISAに限らず、国の政策というのは基本的にマクロな視点での成果を目標としますから、そこでは常に個人の存在は捨象されている。つまり、積立NISAで資産形成に励んだとしても、国としては国民の資産総体が増えればいいわけで、個々人の投資結果に対して一切の責任を負わないという当たり前の現実があるということです(もしそんなことをすれば重大なモラルハザードを引き起こします)。だから、やはり最後は自己責任という投資の原則が貫徹される。
積立NISAなどによって国民の間で株式投資が普及するということは、国民一人一人が自己責任の原則に従ってリスク管理しなければならないということです。そのためには正しい金融リテラシーが普及しなければならないし、国民の側もそれを学び続ける努力が要請される。そういう意味で積立NISAというのは、国民に一定の自己研鑽を求める制度でもあります(これはiDeCoでも同様です)。金融庁は決して国民に優しいのではありません。もっと本質的な意味で自助努力に対する厳しい要求を突きつけているのです。
しかし、それは突き詰めると国民が投資という活動を通じて国や企業の経済政策や活動に対して当事者意識を持つということなのかもしれません。日本人はこれまで日々の仕事の中で労働を通じて経済に対する投資者意識を持ってきました。これが日本の経済成長を支えたわけです。そしてこれからは、資産形成・運用の中で投資を通じて経済に対して当事者意識を持たなければならないのでしょう。それは成熟経済における成長モデルの大前提となります。そして恐らく、これは“国家の意志”を超えて大きな意味を持つかもしれないという個人的な予感を持っています。その意味でも積立NISAによる投資の普及がどのように進んでいくのかは大いに注目だと説明会に参加して感じました。
【余録】
積立NISA説明会の後、金融庁の担当官も交えて懇親会もありました。これまでも交流のあったブロガーさんや初めてオフラインでお会いした方も多く、非常に楽しかったです。また、金融庁の担当官に皆さんは、さすがに意識が高い。まさに良い意味で「国家意志」の体現者でした。こういった政府と国民が直接意見交換する機会というのは非常に大切です。それがあってこそ「国家の意志」と「国民の厚生経済」の擦り合わせができるからです。それは民主主義国家にとって欠かすことのできないプロセスです。金融庁の担当官には「次はぜひ大阪や名古屋といった地方でも同様の説明会を開催してください」と要望したところ、「次は大阪でやりましょう!」との言質を得ました。期待したいと思います。また、今回の説明会の案内役だった虫とり小僧さん、お疲れ様でした。そしてありがとうございます。
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