カテゴリー

2016年5月20日

FXで資産形成できない理由



先日、日経新聞の田村正之編集委員が面白い記事を書いていました。専門家に取材したうえでFXのようなゼロサム・ゲームでは資産形成が難しいと警鐘を鳴らしているものです。

為替波乱が警告 「FXで資産形成」の困難さ(「日本経済新聞」電子版)

専門家として登場する豊島逸夫さん、岡本和久さんはいずれも為替取引や資産運用のプロ中のプロです。そんなプロがそろってFXは「普通の個人の資産運用の手段としては不向き」と断言しているわけですから傾聴に値します。なぜFXで資産形成が難しいのかといえば、記事中で指摘されているようにゼロサム・ゲームだからです。つまり、誰かが儲かれば、誰かが必ず損をする。参加者全員が生き残ることが不可能なゲームだからということになります。でも、「運良く生き残ることができれば、ゼロサム・ゲームでも資産形成できるのではないか」という考え方があるかもしれません。しかし、よくよく考えると運良く生き残っても、やっぱりゼロサム・ゲームでは資産形成できないでしょう。なぜなら、ゼロサム・ゲームでは社会がもたないからです。

記事では、株式や債券への長期投資は参加者参加者全員の損益の総和がプラスになる可能性を持つプラスサム・ゲームであるのに対し、FXや株式の短期売買は参加者の損益の総和がゼロになるゼロサム・ゲームだと定義しています。しかし、たとえゼロサム・ゲームでも、ゲームの勝者は儲かるわけですから、その人は資産形成できたことになる。だから、実際に勝てるかどうかは分からないけれども、ゼロサム・ゲームであるFXに挑戦する人が後を絶たないのでしょう。

しかし、もっと大きな観点から見ると、やはりゼロサム・ゲームでは資産形成はできないと思う。例えば日本人全員がFXに挑戦したとしましょう。恐らく何人かは大きな利益を得ることになる。しかし、ゼロサム・ゲームですから、同じように貧乏になる人が出てきます。もちろん、現実はもう少し複雑です。FXの場合も取引はグローバルですから、日本人全員が利益を出すことも原理的に可能です。その分、損失は海外のプレーヤーが負うことでゼロサム・ゲームとしては成立していますから。でも逆に日本人全員が損をする可能性もありますので、確率論としては1国内で儲ける人と損する人の収支は、ある程度均衡してゼロサム・ゲームが成立するでしょう。

このときに、社会はどうなるでしょうか。国家は国民を見捨てることができませんし、見捨てるべきでもありません。当然、貧乏になった人の生存権を保護する必要が生じます。すると、その原資が必要です。誰から原資を調達するのか。もちろん、資産を持っている人からです。つまり、ゼロサム・ゲームで勝った人から税金なりなんなりで、ゲームの勝ち分を収奪し、再配分してしまうに違いありません。人間が社会を形成するということは、相互扶助と再配分の仕組みを認めるということです。そして、ゼロサム・ゲームでは社会全体の富の総和は増えませんから、一時的にある構成員の資産が増加しても、別の構成員の資産が減少してしまえば、それはいずれ再配分されてしまう。そうなると、ゲームに勝っても結局は資産形成できないことになります。

これに対して株式や債券への長期投資はプラスサム・ゲームですから、参加者全員が儲かる可能性がある。社会全体の富が増加するのです。もちろんプラスサム・ゲームでも儲ける人、損する人が出てきますし、そこでも国家による再配分機能は発揮されるでしょう。しかし、社会の富の総和が増加していれば、再配分後の資産は投資前よりは増えているはずです。それが資産形成できたということです。ここに、なぜ資産形成はプラスサム・ゲームによってでしか実現できないのかという理由があるのです。

このように原理的に考えれば、「FXで資産形成する」という考え方が、いかに困難なものかということが分かります。さらに言うと、自分さえ儲かれば他人はどんなに損をしてもかまわない、自分さえ生き残ることができれば世の中がどうなってもかまわないといった発想では資産形成はできないということも。そういった自分勝手な考え方では、いずれ社会に復讐されると思う。社会や国家というのは、私たちが想像している以上に強大な力を持っているものです。ようするに、世の中をなめていると痛い目をに遭うということです。

もちろん、FXが悪いと言っているのではありません。実需家以外のプレーヤーが参加することで市場に流動性をもたらすという大切な役割があります。また、FXも上手く使えば低コストで外貨を調達したり、為替ヘッジの手段になるので個人投資家レベルでも大いに活用できるものです。しかし、それで資産形成するという考え方は、原理的に無理があるわけです。ようするにFXはパチンコや競馬、サッカーくじのように楽しんでやるものなのです。そうすれば、やはりパチンコや競馬、サッカーくじのようにたまにはお小遣いも稼げます。それはそれで十分に有意義なものでしょう。私自身はFXの趣味はないのですが、もしFXに挑戦するなら、それこそ趣味的に楽しいFXをやってみたいと思っています。

【蛇足】
余談ですが、FXをやる場合は金融庁の金融商品取引業に登録しているFX業者を使いましょう。未登録の海外口座などは金融商品取引法が定める「店頭デリバティブ取引には該当しない」というのが国税庁の見解らしいので、分離課税が認められず、利益が雑所得として総合課税されます。分離課税なら税率は一律20%ですが、総合課税されると累進税率が適用されますので税率は最大55%です。ハイレバレッジ取引をしている人はとくにご注意を。

【関連記事】
“自分だけ生き残ろう”では長期投資も成功しない!―なぜ資産形成への啓蒙活動が必要なのか



【スポンサードリンク・関連コンテンツ】