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2018年4月2日

インデックス投資は駒落ち将棋のようなもの―将棋的視点から見た「投資の勉強」の意味



最近は藤井聡太六段(近いうちに七段、八段になると思いますが)の活躍もあって将棋がちょっとしたブームです。私も一応、アマ初段を允許されている将棋ファンの1人なのでうれしい限り(アイキャッチの写真は私のアマ初段允許状。当時の日本将棋連盟会長・米長邦雄永世棋聖、そして羽生善治名人と渡辺明竜王の直筆署名がまぶしいです)。そこで将棋的観点から、いまちょっと話題の「投資に勉強は必要かどうか」「勉強が必要なら、どういった勉強が必要なのか」という問題について考えてみました。

まず最初に、投資に勉強が必要かどうかと問われれば、少なくとも投資のルールや仕組みについて理解するだけの勉強は絶対に必要。将棋で言うならば、まずは駒の動かし方を理解しないことにはゲーム自体に参加できません。これは当たり前の話なのですが、驚くべきことに日本ではこういった最低限のルールや仕組みについての理解さえあやふやなのに、いきなり投資を実行している人が少なくありません。「株式や債券の仕組み」「株式市場や債券市場の仕組み」「リスク・リターンの意味」といったことすらよく分かっていないのに、いきなり大金をつぎ込んだりする人がいるから驚く。これでは駒の動かし方もあやふやな状態で将棋を指しているようなものですから必敗は当然です。

では、最低限のルールや仕組みを理解した上で、その後も勉強が必要なのかどうか。このとき「勉強が必要」という意見と「勉強は不要」という意見には、「勉強」という言葉が指している内容に微妙な違いがあるのでは。必要派の「勉強」というのは、投資の基本的な考え方やについての知識が中心なのに対して、不要派のそれは、どちらかというと具体的な投資理論や投資手法であったり、そのために必要な分析概念だったりします。だから、前者が言っているのは「基本的な考え方や知識を持たずに投資するのはダメ」となるし、後者は「難しい理論や分析概念をマスターしなければ投資してはいけないということはない」という議論になる。議論しているようで、微妙に話がずれやすい。

将棋の世界にも似たような現象があります。将棋が上達するためには「駒の損得」「駒の働き」「位の働き」といった重要な概念と仕組みを理解する必要がある。しかし、複雑な定跡の知識が必須かといえば、少なくとも級位者レベルでは必ずしもそうではない。つまり初心者にとって「必要な勉強」と「不要な勉強」があるわけです。ところが、これが意外と分からない。初心者の段階からいきなり後手番一手損角換わりを研究したり、飛車先不突き矢倉の有効性を考えたりして、それでいてなかなか勝てない。そういう高度な定跡の研究は、それはそれで意味あることだけれども、初心者にとっては優先順位が違う。それよりも「駒の損得」「駒の働き」「位の働き」、あるいは基本的な手筋を徹底的に勉強した方が上達は早い。

では、将棋で重要な概念や仕組み、手筋をマスターするにはどうすればいいか。これが「駒落ち将棋」です。駒落ち将棋は江戸時代から膨大な研究が蓄積されていて、駒落ち定跡としてまとめられています。これを勉強すれば、将棋の重要な考え方や概念、手筋をしっかりと修得できるようになっている。例えば二枚落ち定跡は「二歩突っ切り」と「銀多伝」という二つの定跡がありますが、これを通じて下手(駒を落としてもらう方)は「位取り(駒の効きを生かして勢力圏を拡大する)」と「捌き(駒を交換して働きを良くする)」という将棋の二大基本概念を学ぶことができます。これをマスターすると将棋の感覚が急速に高まり、定跡から外れた展開でも手が見えるようになる。

ちなみに私は将棋を本格的に勉強し始めたのは30代に入ってからですが、関西将棋会館の教室に通って、東和男七段と本間博六段の指導で徹底的に二枚落ちを指しました。すると、実際に1年ちょっとで初段になれたのです。将棋には「第一感」というものがありますが、初心者はなかなか第一感が浮かばない。なぜなら、その前提となる盤上の見方が分からないからです。しかし、駒落ちで将棋の重要な考え方と感覚を修得すると、本当に「差し手」が見えてくる。だから昔から駒落ちこそ上達への大切な道筋として重視されてきたわけです。

投資において駒落ちに相当するものは何でしょうか。私は、それこそが「インデックス投資」だと思う。インデックス投資を通じて投資初心者は「分散」と「長期運用」、あるいは「リスク許容度」といった投資の基本的で重要な考え方をマスターすることができる。それでいて運用成績も市場平均は確保ますから「勝ちやすい」。これは駒落ちが平手よりも勝ちやすいのと同じです。駒落ち将棋で将棋の感覚を養うように、インデックス投資では投資の感覚を修得することができる。そうやって投資の感覚をマスターしてこそ、いよいよ本格的な投資理論や手法の研究も生きてくる。結局、投資に「勉強が必要」というのは、そういうことなのです。

もうひとつ大事なことがあります。それは、投資についての大切な考え方を学ぶ「場所や機会」が必要ということ。将棋でいうなら、駒落ちで上手も持って指してくれる相手がいないといけない。その意味で大いに期待しているのが「つみたてNISA」の存在です。これは事実上、インデックス投資に特化した制度になっています。だから投資初心者が「つみたてNISA」で投資を始めると、いやおうなくインデックス投資をすることになる。これは、いわば駒落ち専門の将棋道場といったところ。だから「つみたてNISA」制度ができたことはものすごく意味がある。何しろ従来の日本の投資環境は、駒の動かし方を知っているだけの初心者に対してプロが平手でハメ手を連発して金を巻き上げるような非道が繰り返されてきましたから。

だから、これから投資を始めようと考えている人は、まずは「つみたてNISA」などを使ってインデックス投資から始めてみる。そこで「分散」「長期運用」「リスク許容度」といった投資の基本的な考え方や、「手数料の節約」といった手筋のようなものをしっかりと「勉強」して欲しいし、その勉強は必要なのです。その上で「投資が面白い」と思えたなら、ようやく高度な投資理論や手法、分析概念を勉強して、個別株への投資などに挑戦しても良いでしょう。それは、駒落ち将棋から始めて、平手での勝負に挑戦するのと同じようなものです。でも、投資が楽しいと思えないなら、それ以上の勉強は不要。そのままインデックス投資を続ければいいでしょう。結局、投資には勉強が「必要」なのか「不要」なのかという議論は、こういった「勉強」の意味と優先順位、そして程度の違いによって生じる問題なのではないでしょうか。

ちなみに駒落ち定跡というのは極めて奥が深く、これを徹底的に研究するのも非常に楽しい。だから私は今でも駒落ちが大好きです。プロ棋士の指導対局を受けるときは、かならず二枚落ちでお願いします。プロからすると、そういうアマ有段者がいちばん手ごわいのだとか(逆に平手や角落ちぐらいで挑むアマに対してプロ棋士は内心「楽だな」と思うそうです)。これは投資も同じで、個別株投資をやりながらインデックス投資も続けている。インデックス投資も突き詰めると極めて奥が深い。個別株投資とは別の楽しさがあるのです。

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